遂にトランプ氏が米国大統領に返り咲き就任を果たした。強烈な個性と、三度の大統領選挙を戦い抜いて二度目の大統領就任を果たしたタフさは、常人では真似のできないものだ。
私は仕事柄、海外出張が多い。過去数カ月、行く先々で異なる国籍の人々が、「トランプが大統領になったら我が国への影響は・・・」と口々に論じあっている様子に、何度も遭遇した。
この事情の背景には、もちろん超大国アメリカの影響力がかかわっているだろう。しかし、トランプ大統領が前例にとらわれず極めて強い政策をとってくる人物であることが、広く知られていることが、大きい。
トランプ大統領に対する見方は、好き嫌いで、二つに分かれることが多い。あるいはどちらにしても感情的な評価がなされがちである。私見では、それは非常に危険だ。
トランプ大統領が特異な性格の持ち主であることは確かだと思われるが、自分自身でそれを計算に入れて行動し、結果を出してきている。ここまでの実績を見て、トランプ大統領の実力を疑うのは、無理だ。傑出した能力の持ち主であることを十二分に認めるところから、あらゆる種類のトランプ大統領との関係が始まるだろう。
客観的に見て、8年前に最初に大統領に就任した際には、政治の世界に素人だと言われても仕方がない経験しか持っていなかった。すでに大統領職を4年間経験し、その後も次期大統領に最も近い人物としての立場を4年間経験した。8年前とは比較にならない政治的感覚を磨いている、と想定するのが当然かつ無難だ。
何と言っても、8年間の間に、トランプ大統領の考えが、共和党員を始めとする部下・同僚に、深く浸透した。第一期政権では、自分の考えを実現してくれる閣僚の確保に苦慮し、更迭に次ぐ更迭を繰り返した。それに対して、第二期政権の顔ぶれは、全く異なる様相を呈している。評判の悪い閣僚候補を含めて、トランプ大統領の考えに信奉している者たちばかりだ。強い政策を遂行する政権になっていくだろう。
トランプ大統領の最大の弱点は、自らの年齢だろう。老齢のため、4年間の激務に耐えられるかは不明だ。ただし現時点では、大統領に返り咲いて実施したい政策の達成に向けた熱意が激しく、老いを感じさせていない。この点で、副大統領に指名した若いトランプ主義者のバンス大統領の存在は大きい。
トランプ大統領としては、就任直後のなるべく早い時期に導入したい政策を全て実施しきってしまったうえで、バンス副大統領にバトンを渡していく路線をとっていくだろう。今のところ、この既定路線に挑戦しそうな有力な勢力は、政権内や共和党内には見られない。
トランプ大統領の就任演説を見ると、20世紀のアメリカ大統領の演説には普通のことであった抽象的な理念への訴えかけが全くないことに、むしろ驚かされる。実施したい政策の列挙である。施政方針演説は不要とするような勢いで、次々と4年間蓄えたアイディアを反映させた政策を実施していくだろう。
トランプ氏の目標は、アメリカを再び偉大にすることであり、就任演説の言葉を用いれば、「誇り高く、繁栄し、自由な国をつくることだ。まもなく米国はかつてなく偉大で強く、はるかに例外的になる」ようにするということだ。
これはアメリカがその国力を増大させることによって達成される。トランプ主義とは、いわば「国力増強」主義である。それはイデオロギー色の強い理念によって左右されることはない立場のことだ。この立場から採用する政策を、トランプ大統領は、「常識の革命(the revolution of common sense)」と呼ぶ。
「常識の革命」の筆頭となる政策は、徹底した不法移民と犯罪組織の取り締まりだ。次に、エネルギー資源の大々的な採掘を含む方法による物価高の是正に取り組んでアメリカ人の生活改善を図ることだ。これにともなって脱炭素政策に終止符を打ち、化石燃料を最大限に活用しながらアメリカを「製造国」に戻すという。貿易不均衡によってアメリカの労働者の生活改善なされない場合には、高関税政策で是正を目指す。
「常識の革命」は、社会文化面にも及ぶ。性別を男性と女性の二つに限定すること、ワクチン忌避を認めること、強い軍隊を持つこと、神への信仰を持つこと、そしてアメリカを特別な国と信じる「例外主義」を信奉すること、などが、トランプ大統領が「常識の革命」と呼ぶことだ。
トランプ大統領の「常識」は、国内社会の文脈では、主に、ポリコレ系の文化を修正する保守主義の立場を指す。対外政策においては、イデオロギー的な国際協調主義を排して、ただひたすらアメリカの国益の増大を目指すことが「常識」だ。
トランプ大統領の就任演説に、国際政治に関する記述は少ないが、以下のような印象的な言葉もあった。
世界がこれまでに見たことのない最強の軍隊を再び構築する。勝利した戦争だけでなく、終わらせた戦争、そして恐らく最も重要なこととして、一切参加しなかった戦争によって成功を評価することになる。
以前に書いたことがあるが、「強さによる平和(peace through strength)」の18世紀から20世紀になるまでの伝統的なアメリカの外交思想における意味は、他国が畏怖して自国(の勢力圏)に介入してこないように十分な力を持つ、ということである。
ウクライナのゼレンスキー大統領が、アメリカの政治思想史を無視して我田引水の解釈を施そうとしていることに、日本の多くの言論人まで幻惑されてしまっているが、トランプ大統領は全く影響されていない。東欧の国に大々的な支援を通じて介入してロシアをヨーロッパから駆逐しようと試みて自国の国力を疲弊させたりすることは、アメリカの伝統的な外交史における「強さによる平和」の考え方からすれば、むしろ真逆に位置する外交政策である。
トランプ大統領には、極めて特異な人物であり、その政策は「革命」的であるが、必ずしも混乱はしていない。むしろ首尾一貫している。
トランプ大統領を憎む余り、その知性の欠如を証明してみようとする風潮が、多々見られる。危険である。
トランプ大統領には、20世紀以降のアメリカの大統領が見せてきたようなイデオロギー的な理念はない。しかしそれは、広範な分野にわたるトランプ大統領の一連の政策に、体系性が全くないことを意味しない。むしろ「常識の革命」は、体系性を持っている。そして、8年前よりもさらに力強くなっている。
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「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。