勘違いを生む報道ってなんだよ。
不法滞在者の母の子などの自動的な米国市民権取得を制限する大統領令
①その者の出生時に、その者の母親が米国に不法滞在しており、父親が米国市民または合法的永住者でなかった場合
②その者の出生時に、その者の母親が米国に合法的に滞在していたが、一時的なものであった場合であり、父親が出生時に米国市民または合法的永住者でなかった場合
この場合には憲法修正14条の「米国の管轄権に服する者」ではないという解釈を採用するという内容の大統領令です。これによりアメリカ国内で生まれた者ならほぼ自動的に米国市民権を取得するという現行の制度が変更されることになります。
修正14条の原文は
All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the State wherein they reside.
「米国で生まれた者は…」ではなく、「米国で生まれ…(米国の)管轄権に服する者は」です。なので、「米国で生まれれば即米国市民権を得られる」というのは、条文ベースでは間違いです。ただ、現実の運用がほぼそう言っても齟齬が無い実態なので、そう言われてきただけです。
が、日本のメディアの報じ方に違和感があります。
『トランプ大統領令で出生地主義廃止』という日本メディアのほぼ誤報
米、出生地主義廃止の意向 - 新政権、不法移民対策https://t.co/Mh5gMD88jB
— 共同通信公式 (@kyodo_official) January 20, 2025
トランプ大統領令要旨<不法移民③>出生地主義を廃止「米国市民権の特権は深遠な贈り物」https://t.co/UqSWpUWxUt
トランプ新米大統領は20日の就任演説で厳格な不法移民対策を実行すると表明。「米国市民権の意義と価値の保護」と題する大統領令に署名した。
— 産経ニュース (@Sankei_news) January 21, 2025
『トランプ大統領令で出生地主義廃止』という、ほぼ誤報とでも言ってしまえるような表現が、日本メディアの記事にはみられます。
産経新聞のように、憲法修正14条の文言の解釈の問題であると説明しているならまだしも、共同通信記事はそれすら触れていません。
それによって、『トランプ大統領が明らかに憲法に反する滅茶苦茶な大統領令を発した』という理解で記事を拡散する者がSNSで目立ちました。
海外メディアの日本版でも不用意な表現がありました。
米国で出生地主義廃止へ、トランプ氏が大統領令-移民擁護団体は提訴 https://t.co/9xpeaIUnpE
— ブルームバーグニュース (@BloombergJapan) January 21, 2025
ブルームバーグの日本版は「出生地主義廃止へ」とありますが、英語版の原文は”end Birthright citizenship“で、直訳だと「出生権による市民権」。
生まれれば即自動的に米国の市民権を得るという意味における制度が廃止される方向、と言及することは、間違いではないと思います。原文と異なり一般的な訳語にすると、意味的には誤報になるという例と言えます。「長年の米国における出生地主義の内容」という、象徴的な意味合いで出生地主義という語が使われているのかもしれませんが。
「出生地主義を止める」だと「じゃあ血統主義なのか?」になる
そうじゃなく、出生地主義だがその適用の例外として憲法上の文言に基づき、不法入国者や一時滞在者などの「本来的に米国が世話をする者ではない者」を除外する解釈をするということ
この点、朝日新聞の表現の方が正確な叙述だと言えます。
トランプ氏、米国籍の「出生地主義」大幅制限の大統領令 即座に提訴 https://t.co/AmyqIwEVN0
トランプ新米大統領は就任初日の20日、米国で生まれれば、ほぼ無条件で米国籍を得られる「出生地主義」を大幅に制限する大統領令に署名をした。
— 朝日新聞国際報道部 (@asahi_kokusai) January 21, 2025
米国管轄権に服さない者の例:外交官の子や昔のネイティブアメリカン
従前は他国の外交官の子が米国で生まれた場合にのみこの「管轄権に服する」の話になっていたようです
なお、1924年のインデイアン市民権許可法ができるまでは、ネイティブアメリカンもこの文言の話になり、自動的な米国籍取得にはなっていなかったみたいです。
他、修正14条の「米国の管轄権に服する」の解釈に関する先例である【米国vsウォン・キム・アーク裁判】においては、連邦最高裁は、【外国の君主またはその大臣の子供】【外国の公船で生まれた子供】【我が国の領土の一部を敵対的に占領している間に生まれた敵の子供】【各部族に直接忠誠を誓う(課税されていない)インディアン部族のメンバーの子供】が、この管轄権に服さない者として限定列挙していました。
トランプ氏の大統領令は、この判例を「乗り越える」ことができるのか?つまりは判例の趣旨に反しないという見解や、この判例を変更するという判断が連邦最高裁によって為されるのかどうか?既に訴訟提起されているため、結果が出ます。
この話はアメリカ合衆国という移民国家のアイデンティティに関わる話であると同時に、世界における「不法移民」の扱いの趨勢に影響を与えることになるため、注視するべきでしょう。
編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2025年1月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。