ヨーロッパの対応と日本の立場
トランプの外交・安全保障政策に対し、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国は、「譲れない一線は絶対に譲らない」という強い姿勢を維持している。フランスが「最悪の場合、核兵器を欧州諸国と共有する」と示唆したのは、その象徴的な例だ。
一方、日本はどうか? 7日の日米首脳会談を控え、日本政府は、米国との関係において「譲れない一線」を明確に定め、主体的な交渉を行う準備があるのかが問われている。
「帝国主義国家」へと回帰する米国
トランプの「米国の領土拡大志向」は、ドイツだけでなく、ワシントンでも深刻に受け止められている。「トランプはロシアと同じレベルの大国主義に回帰しようとしている」という懸念が高まっている。
ロシアは不法に占拠した北方領土を返還しない。これまでの交渉をみれば永遠に返さないだろう。しかしトランプ以前の米国は、沖縄やパナマ運河を返還した。トランプの米国は「お人好しだった時代」を終え、譲歩をしない国家へと変貌した。特に冷戦時代に顕著だった世界平和のために民主主義陣営の仲間を増やすとか「情けは人のためならず」「陰徳あれば必ず陽報あり」という考えは、トランプの辞書にない。「グリーンランド、カナダ、パナマ運河における米国の支配力を高め、“北米トランプ帝国”を築こうとしている」という声がワシントンで高まっている。
しかし、これはトランプ個人だけの問題ではない。「自国の利益を最優先する普通の国」になろうとする米国を、(筆者を除く)半数くらいの米国民が支持しているという事実こそが本質である。
トランプ政権は一過性の現象ではない
日本国内ではトランプ政権誕生を「民主主義の危機」と論じる向きもあるが、それは本質を見誤っている。トランプは民主的プロセスを通じて選ばれた大統領であり、単なる一過性の現象ではない。
さらに危険なのは、「トランプの時代が4年で終わる」という楽観論だ。すでに、トランプ大学も順調、トランプの思想や政策に影響を受けた政治家や識者が増加しており、共和党内の勢力もさらに増している。一部では、憲法を改正し、トランプ3期目の就任を可能にすることすら検討されている。基本的に「報道・言論の自由」があり「国民主権」なのが決定的な違いだが、トランプ米国は、さらに中国やロシアに似てきた。
米国の「世界の警察」撤退と日本の対応
米国は「世界の民主化」を掲げ、勘違いや間違いもあったが、多くの資金と米兵の命を犠牲にしてきた。しかしその努力は報われなかった。途上国には綺麗ごとと言える「民主主義」や「人権」よりも、目先の利益が重要であり、中国の台頭を抑えられなかった。
世界は米中の二極化に進み、米国の圧倒的な覇権は崩れつつある。この現実を前に、米国は「世界の警察」としての役割を縮小し、「まずは自国の利益を守る」という方向に大きく舵を切った。
では、日本はどうするのか?
石破首相が取るべき対応
石破首相は以下のような準備をしているが、各種の準備や議論をした結果、疲れ果てて「自然体で臨む」と発言したようだ。これは極めて危険な姿勢である。
- 結論を先に示し、分かりやすいチャートを用いた説明をすることが必須
- 日本が「トランプ株式会社」にどれだけ貢献しているかを具体的に示す
しかし、この手法はすでに安倍元首相が実施している。トランプは日本による米国への投資の実態は既に知っている。だからあまり効果がない。「日本は主体的に自らの方針をトランプに提示する。トランプ政権に言われたことを躱すのではない」という姿勢が今こそ求められている。
トランプ政権の防衛費要求と日本の立場
トランプ政権が日本に対し防衛費のGDP比3%を要求する可能性が高い。日本にとって2%でも難しい状況であり、3%はまず不可能だ。
岸田前首相は、国会の承認も得ずに、閣議決定だけで、バイデン大統領に防衛費2%増額を約束した。昔、安倍元総理がやはり国会無視で、集団的自衛権の一部容認を強行したことに似ている。あまり勉強もしないで騒ぐリベラルなメデイアや国民が猛反対するからだ。日本国民の多くは国防問題をいまだに真剣に考えていない。
当然ながら増税は反対。防衛費増額にも基本的に反対しながら、その必要性について議論することを避ける。だが「アメリカに言われたから」では通用しない時代に突入していることを認識しない。
軍事同盟の本質:「お互いに銃を持って守り合う覚悟」
日米安保のような軍事同盟は本来、互いに血を流し合って守る関係である。これはドイツ・イタリアなどのNATO諸国とは、決定的に異なる事実だ。この片務性は他にはないが、これも多くの日本人が知らない。
日本はこれまで「不沈空母」としての基地提供によって米国の納得を得ていたが、トランプは「米国は日本を防衛する。だが米国有事の時、日本人はTVを見ているだけ」と発言した。トランプ以前からその傾向があったが、トランプ誕生でさらに強くなった「アメリカ第一主義」によって、片務的な関係は許されなくなった。
日本国内にはいまだに「9条を掲げていれば平和は維持できる」という幻想が残っているが、これは現実と乖離している。9条はあくまでも昔の苦い経験、日本による侵略行為を阻止するだけ。中国のような他国に日本が侵略されることへの抑止力はない。逆効果なだけだ。
日本は主体的な防衛政策を持てるのか?
米国はトランプ誕生以前から20年くらいに渡たり、日本に「米国依存度を減少させ、自国自身の防衛力を強化せよ」と求めてきた。国連も同様であり、日本は9条を言い訳に、基本的に資金提供だけで「血と汗」を伴う国際貢献を避けてきたため、米国だけでなく、世界の多くから批判を受けてきた。
もはや、「米国に言われたから」では通用しない。日本は主体的に自国防衛を考え、行動する国家へと変わる必要がある。
石破首相の外交姿勢への懸念
石破首相は日米地位協定改定を撤回した。それは上記の片務性を知れば「改定などあり得ない実態」を知ってのことだ。さらにワシントンでは、もう1つ失笑をかった考え。「アジア版NATO」に中国を含める可能性を示唆したことは、外交的に大きな矛盾を抱えている。
日米両国は共に中国を「脅威」と認識している。日本が米国との「軍事同盟」を維持しながら中国と接近することは、外交的な整合性を欠く。
多くの日本人にとって、日米安保条約は「水や空気」のようなものだ。普段はその存在を意識することすらない。
しかし、米兵による暴行事件や基地の騒音問題が発生すると、一転して「迷惑な存在」として安保の負の側面だけがクローズアップされる。だが、日本が戦後約70年間にわたり平和を維持できた最大の要因が、米軍基地の抑止力と米国の「核の傘」にあるという現実を、ほとんどの日本人は認識していない。
さらに米軍駐留経費の負担を「”思いやり”予算」と言っていた。米国の「核の傘」の運用や潜水艦の費用など全く考えもしない。過去20年くらい筆者が、「いい加減現実を直視するべき」と言ってきたことが通ったのか「思いやり」という「思い上がった」言葉が最近変えられた。
ある意味、日本は米国のために動かなくて済む。だが米国がお金で日本防衛を本当にしてくれるなら、安いものという考えもできる。これだけ平和ないまの日本にいると想像できないだろうが、「生死」がかかっていることだ。
歴代の自民党政権は、そこの部分をかなり理解していた。
だからこそ、沖縄返還の時に「核持ち込み密約」を国民に知られないように、米国と結んだ。唯一の被ばく国だから「核廃絶を促進する」とか言いながら、オバマ米国が格の威力減衰を言い出した時「それは日本国防にマイナスになるから止めてくれ」と、核の傘「強化」を米議会など多くの関係者にお願いした。
オバマの核の威力を減じる目的は、核拡散を止めることだった。日本の国防のために米国に強く働きかけて反対した日本政府は、「核拡散防止に反対」したことになる。
日本国民はそもそも核廃絶以外は無関心で他人事、興味ないし、知ろうともしない。少しは関心を持ち、世界の常識を勉強するべきだろう。例えば、核保有国と持たない国との「橋渡し」などできない。米国の核の傘を背一杯利用して、日本の平和を維持することは世界が知っている。つまり「核兵器禁止」など日本にとってはあり得ないことなのだ。日本人は現実を知って、深い議論をするべきだ。
吉田茂以来、日本政府は米国と巧みに交渉し、日本の国益を守りながら、平和を享受。経済と技術発展に専念、成功してきた。
しかし、日本の一般国民の多くは、この構造を深く考えようとしない。
だからこそ、石破総理が「中国と接近する」という動きを示唆した時も「話し合いができればそれでよい」「中国を脅威視するのは米国の勝手な都合であり、日本がそれに従う必要はない」と安易に考えてしまう。
しかし、日本は米国と軍事同盟を結んでいる国であり、その現実から目を背けてはならない。本気で中国に接近するなら、日米軍事条約の「破棄」が第一歩だろう。
「日本が米国のために動かないのに、米国だけが日本を守る」 という日米条約の片務的な関係は、トランプが指摘、物議を醸したように、半分がトランプを支持する米国民にとって既に時代遅れだ。「日本は米国の軍事的庇護を受けながら、自らは米国有事で何もしなくてもよい」という考えは、もはや通用しない。
日本が真の独立国家としての覚悟を持つならば、自国の安全保障に主体的に関与し、国際社会の中で責任ある行動を取るべき時が来ている。
「独立国」日本は、自ら決断し、行動する国家であることを示すべき時である。米国に〇〇を言われたから、それをいかに躱すか?とか、〇%を要求されたからどうするのか?とか、軍産複合体を儲けさせるな、ポンコツ兵器を買わされるなとか、最初に数字ありきではない。
トランプや米国など関係ない。「自国は自国で守る」「誰も頼れない」。そんな世界の常識を日本は持つべきだろう。
日本は、もはや他国の要求や決定に影響されるのではなく、国民が少しでも安全保障の基本と実態を勉強、主体的な外交・防衛戦略を持ち、行動する国家であることを示すべき時を迎えている。