シリア新政権の報復に怯えるアラウィ派

半世紀を超える長い期間シリアを支配してきたアサド政権が昨年12月8日、崩壊すると、モハメド・アル・ジャウラニの名で知られるシャラア氏が率いるスンニ派イスラム主義組織「ハイアト・タハリール・アル・シャーム」(HTS)が同月10日、旧反体制派勢力から成るバシル暫定政権を発足させ、シャラア氏自身は1月29日に暫定大統領に就任するなど、着々と新体制を構築した。

シリアを訪問したイエズス会使節団と会見するシリアの新指導者シャラア氏、2024年12月31日、ダマスカスのシリア大統領宮殿で、アルアラビ―ヤ通信社

その一方、シャラア氏は今月2日、スンニ派の盟主サウジアラビアを訪問するなど積極的な外交攻勢を展開。それだけではない。アサド政権下で製造され、シャラア保管されていた化学兵器の管理・処理問題でハーグに本部を置く化学兵器禁止機関(OPCW)のチームが今月8日にシリアを訪問している。国営通信社SANAによると、フェルナンド・アリアス事務局が率いるOPCWチームはダマスカスでシャラア暫定大統領とシャイバーニ外相に歓迎された。シリア新政権は国際機関と連携することで国際社会への統合を目指す姿勢を見せている。

シャラア氏は暫定大統領に就任した直後の国民向けテレビ演説で、「シリアの統一と再生のために全力で取り組む」と決意を改めて述べている。40代前半の元軍司令官は政権交代以来、外的には穏健派を強調してきた。国営通信社SANAによると、シャラア首相の次のステップは、新憲法が制定されるまでの暫定立法評議会を設置することだという。

新政権が取り組まなければならない課題は、13年余りの内戦で荒廃した国の復興と国民経済の立て直しだ。その前提として、シリア国民の再統合だ。シリア国民の大多数はイスラム教スンニ派だが、それ以外にもイスラム教少数派やキリスト教など多数の宗教が存在する。シャラア大統領自身はイスラム教スンニ派に属する。新政権としては如何に少数派を国家再生に動員するかが重要な課題となる。

アサド父子による独裁政権ではイスラム教の中でも少数宗派のアラウィ派が国内を統治してきた。シャラア氏はアサド失脚後、分裂した国の再統合を呼び掛け、「全ての民族、宗派は等しく公平に扱われるべきだ」と表明したが、ダマスコスからの情報では、同国の多くの少数派は新政権の報復を恐れているという。ドイツ民間ニュース専門局NTVは11日、少数派のアラウィ派の信者たちが大きな懸念を有しているという。一人のアラウィ派は「新政権は『アラウィ派は独裁者アサドを支援してきた』と考えているが、実際はそうではない。われわれも他の宗派と同様、様々な迫害を受けてきた」と述べている。

バチカンニュースは先月4日、「シリアの新しい指導者、フランシスコ教皇に深い敬意を表明」という見出しで、シリアの新政権が同国の少数宗派のキリスト教に理解を有していると報道したが、現地からの情報によると、キリスト信者たちはイスラム教徒から改宗を強いられ、女性のキリスト者は衣服問題でイスラム過激派からさまざまな嫌がらせや批判を受けたりしているという。

ちなみに、アサド政権の軍隊とその治安部隊は解散し、旧与党バース党は解散させられた。全ての武装集団、政治機関、民間機関は解散し、武装解除が実施されている。

13年に及ぶ内戦の後、多くの大都市で多数の家屋、時には町、村全体が破壊された。人口の大多数は貧困の中で暮らしている。シリアがどのような方向に発展していくのかはまだ分からない。アルカイダテロネットワークの分派であるアルヌスラ戦線から発生したHTSは米国や欧州連合(EU)などにテロ組織としてリストされている。

EUはアサド政権下で実施してきた対シリア制裁の一部解除する一方、ダマスカスの新統治者に対して依然、完全な信頼を寄せず、静観している状況が続いている。EU外交政策責任者のカジャ・カラス氏は「シリア情勢が悪化すれば制裁解除が覆される可能性もある」と付け加えている。アサド独裁政権の崩壊を受け、欧州ではシリア難民の国外追放と帰還に関する議論が始まっている。オーストリアを含む多くの国がシリア国民の亡命手続きを一時停止している。

なお、アサド政権の崩壊した「12月8日」は新しい国民の祝日と宣言された。多くのシリア人はこれから新しい国造りが始まるという希望を感じている。その希望が失望とならないためにも、国際社会は可能な限りシリアの再生に支援の手を差し伸ばすべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。