赤沢亮正経済財政再生大臣が単身、ワシントンに乗り込んだら当初予定されていた知日派のベッセント財務長官とグリア通商代表部代表との3人の会合ではなく、トランプ大統領とラトニック商務長官も出てきて猛獣に囲まれる中、武士の魂で戦いは始まりました。事前予定の1時間を大きく超える2時間、チャンバラをしたのち、無傷でそこを切り抜けられたのか、真意が我々レベルには聞かされないのでわかりにくいところではあります。

トランプ大統領と面会した赤澤経済再生担当大臣 内閣官房Xより
トランプ氏はSNSで「Great Honor to have just met with the Japanese delegation on trade. Big Progress!」と述べています。日本では「非常に生産的な会合だった」とも報じられています。私は時々トランプ氏のSNSを見て思うことがあるのです。これ、一種の「褒め殺し」じゃないかと。
褒め殺しとは人のことを必要以上に褒めて最終的にその人のことをダメにしてしまうことを意味します。狭義で褒め殺しと言えば竹下登氏にまつわる代名詞。首相の座を狙っていた竹下氏が高松の右翼団体、日本皇民党により「竹下氏を首相にしよう」と街宣車でがなり立てます。竹下氏はその対策を稲川会会長に「間接的に」依頼をして間に入ってもらい、ようやく褒め殺しが止まったという事件です。ただ、この「間接的」のところに金丸信氏と東京佐川の渡辺広康氏が絡んだことで後々別の事件に発展するきっかけとなりました。
さて、当の赤沢氏は自身を「格下の格下」と謙遜していますが、基本的には政府の代表であり、格上も格下もないのです。そのあたりは超日本的発想だと思います。その格下が4対1の長時間の交渉で「Big Progress!」とトランプ氏から言われれば悪い気はしないでしょう。アメリカは基本的に交渉前の握手で「よろしくな」と闘志を燃やし、交渉後に相手を称えることがしばしばあります。あくまでも交渉は戦いであってその真剣勝負が終わればどういう結果にしろ「頑張ったな」と褒めることはあるのです。ただ、トランプ氏は妙に大げさなところがあり、相手を称えるだけでなく、自分も称えているところが特徴でトランプ流褒め殺しにも感じます。
さて、今回の交渉は事前予想通り、一回では終わりませんでした。私の想定では今回は双方が交渉カードを見せ合い、次回以降、双方にとって重要なカードをいくつかテーブルに乗せ、調整を進めていくことになるとみています。
ではなぜ関税交渉の先陣が日本だったのでしょうか?この点についてはアメリカは「日本は組みしやすい」と考えたとみています。今後、40か国以上との交渉を進めていくうえでアメリカから見て重要なパートナーであり、かつしょっぱなの交渉で躓くわけにはいかないので比較的従順で礼儀正しい日本を交渉相手に選び、ここで一つのデ ファクト スタンダードを作るつもりではないかとみています。
つまり交渉がうまくいった場合は〇%まで上乗せ関税を下げるといった前例を作るわけです。
では日本は今後、どう対応するでしょうか?私の想像ではアメリカはくそ難しいカードを切ってきていると思います。駐留米軍の費用負担増額、農産物輸出、中国に対する踏み絵はあったかもしれません。特に農産物はアメリカにとって中国向けが途絶えたため、日本に振り向けたいはずです。トランプ氏は農家からは非常に強いプレッシャーを感じているはずで一定の対策が絶対に必要でしょう。私の予想としては食用のコメで手を打つ気がします。ただし、カリフォルニア米が日本に本格的に流通すると日本の農家は今後、厳しい経営になると思います。(日本人は外国のコメを口にするチャンスが限られているので諸外国米の品質を知らずに日本米が一番と言うことはあるでしょう。カリフォルニア米に限らず、中国の一部や韓国米も悪くないのです。まぁ、これが閉鎖的市場とも指摘される所以ですが。)
対中国については石破政権が近年まれに見るほど接近しているのでここは一発かましておくという程度だと思いますが、石破氏としてはやりにくいかもしれません。
防衛費はトランプ1.0の時からの課題であり、日本が防衛費予算目標をGDP比2.0%に引き上げた経緯の一つの伏線だったと記憶しています。アメリカに守ってもらうというスタンスをどうするのか、日本はいよいよ自立を迫られているともいえます。これも長期的に更に増やすという回答をするのかもしれません。
二国間ディールですので交渉内容は関税に限らず、何でもよいのです。アメリカにとってメリットある答えを引き出す、これしかないのです。トランプ氏はアメ車が日本で売れないことを嘆いていましたが、アメリカの自動車メーカーが日本マーケットをとっくの昔に諦めているのであって今更真剣に日本でアメ車を売るぞ、ということにはならないでしょう。私はブラフだと思っています。
為替のカードは出なかったと赤沢氏は明言していますが、これは近日中に訪米する加藤財務大臣の担当ですのでそこで話が出るのでしょう。ただし、市場は明白に円高の動きを見せていることから為替問題については交渉という点ではフォローの風が吹いていると思います。大きな話にはならないでしょう。
関税交渉全般をみていて私は徳川政権が重なりました。江戸への忠誠ならぬワシントンへの忠誠を誓い、世界各国の要人たちが交渉のためにすり寄る、そしてあたかも参勤交代で遠方の藩が財力的に疲弊して力をなくさせた故に徳川260年の歴史を作れたのと同様、各国、ワシントンですっかり生気を抜かれて帰ってくるという話であります。トランプ氏は交渉上手です。日本はその罠にはまらず、ウィンウィンになる形でまとめることができるか、この交渉、まだ序章だと思います。私は悲観も楽観もしません。極めて実務的に決まる気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年4月18日の記事より転載させていただきました。






