日本的雇用とともに変わる家族の姿 - 『労働市場改革の経済学』

池田 信夫

★★★★☆ (評者)池田信夫

労働市場改革の経済学労働市場改革の経済学
著者:八代 尚宏
販売元:東洋経済新報社
(2009-11-20)
販売元:Amazon.co.jp


非正社員などの「格差」の原因や改革の方向についての本書の考え方は、私が『希望を捨てる勇気』で書いたのとほとんど同じである。日本的な長期雇用システムは、高度成長期のように一つの会社に一生をささげることによって最終的に全員が利益を得られる時代には機能したが、その利益が枯渇すると中高年の正社員の既得権を守るために若年労働者を労働市場から排除する、不公正で非効率なシステムになる。非正社員の70%以上が女性であり、非正社員の問題は女性の労働条件の問題でもある。

もう一つの問題は、少子高齢化にともなう労働人口の減少だが、これを子ども手当で防ぐことはできない。OECDも指摘するように、日本では高学歴の女性が専業主婦になり、子供が手を離れてから就業するとパートタイマーのような仕事しかない。この大きな原因は、夫の転勤にともなって妻も転居すると、最初に就職した会社を辞めざるをえないからだ。さらに子供が大きくなると、今度は夫だけが転勤する「単身赴任」という世界にも類をみない生活形態が増える。

このように転勤が多いのは、長期雇用や年功序列を守りつつ市場の変化に対応するため、職場を転々と異動する企業システムになっているからだ。そして企業が世帯主である男性に長時間労働を強要する一方、専業主婦を養える「生活給」を払うという形で家族ぐるみの雇用が行なわれてきた。しかし90年代以降、賃金の上昇が止まる一方、女性の就業率が上がると、総合職の女性が専業主婦になる機会費用が大きくなり、労働のじゃまになる子供をつくらない夫婦が増える。

だから少子化を止める根本的な対策は、労働者を定年まで一つの会社にしばりつける雇用慣行を変えて、転勤の必要を減らすことだ。労働者が同じ職種で別の企業に移れるようになれば、女性も結婚退職する必要がなくなり、夫婦ともに一つの地域で暮らし続けることができる。このためには保育所など女性の労働を支援するインフラ整備も必要だ。高度成長が終わったことによって、雇用とともに家族の姿も変わることは避けられない。この変化を雇用規制やバラマキ福祉で止めることはできないので、労働者が変化に対応できるようにする制度設計が必要だ。

コメント

  1. bobby2009 より:

    >総合職の女性が専業主婦になる機会費用が大きくなり、労働のじゃまになる子供をつくらない夫婦が増える。
    香港の共働き夫婦で、女性が出産する場合、フィリピン人の住込みメイドを雇用する事で、出産から1ヶ月以内に、もとの職場へ復帰する事が可能となっています。うちの会社でも、先月に一人、来月に一人の女性が出産後に職場へ復帰します。
    ただ、母親の育児という仕事をメイドに任せる事については、社会と家庭(両親や夫)の適切な理解が必須となります。

  2. st_uesugi より:

    会社が自社社員だけでなくて、その社員の家族全員を転居させる権限を認める日本の法律は、外国出身の私にとって非常に不思議なことです。
    家族の個人権利を認めれば、転勤命令というものは明らかに成立しませんが、なぜか日本では当たり前のようなことと思われているのでしょうか。