大企業に入ると安定どころか逆に弱くなる

黒坂岳央です。

「大企業に入れさえすれば勝ち組」という感覚を持っている人は未だに少なくない。だがそんな昭和時代の感覚は実態とはそぐわず、音もなく瓦解している。むしろ、個人的には「大企業に長く身を置くことで、元々のサバイバル能力を削ぐ可能性すらある」と思っている。

本稿は単に危機を煽りたいわけでも、大企業勤務の人を下に見る意図もない。自分自身が家族経営企業から東証一部上場企業まで幅広く、複数社で働いてきた経験がある。この記事では「大企業から正しい価値の引き出し方、誤った感覚の手放し方」を示すことで、価値提供を目指したい。

shironosov/iStock

大企業に勤務する3つの価値

自分自身が複数の大企業で働いた経験から、大企業で働くメリットについて取り上げたい。

まずは高い給与と厚い福利厚生である。よく「会社は頑張ってるのに従業員に給与を支払ってくれない。経営者が守銭奴でケチだからだ」という意見がある。

確かにそうした企業が存在する事実は否定しないが、労働人口が減少し、どこの企業も「人手不足による採用難」が経営リスクになっている今、そんな悠長なことをしている余裕はない。

高給を支払えない理由はシンプルに2つだ。1つ目は社会保険料が高すぎて、従業員の手取りに大きく影響すること。そしてもう1つは給与を払う原資がない、つまり無い袖は振れないからだ。

その点、大企業は稼ぎがあるからこそ大企業なのであり、同じ仕事でも年収は100万円、200万円違う事はザラにある。福利厚生もしっかりしており、育児休暇や家賃補助など、給与以外の経済的メリットは数多くある。

また、社会的信用はピカイチだ。これは住宅ローン審査も通りやすいというだけでなく、次の転職先でも名の通った企業に勤務していたというだけで錯覚資産になる。「錯覚」といっても転職が有利になればそれは現実のリターンになる。仕事以外でもこうした社会的信用は結婚相手からの評価にも影響する。

さらに仕事内容も魅力的で、億単位の案件や海外拠点などスケールの大きな仕事に携わることができる。

筆者は外資系企業に勤務していた際、米国本社からのシステム導入統合プロジェクトに参画し、巨費を投じる大規模な仕事を経験した。後にも先にもあれほどの規模のプロジェクトを経験することはなかった。 個人事業主やベンチャー企業ではできない経験ができれば、それはそのままキャリア資産になる。

多くの人が大企業に入りたがるのはこうした明確なメリットがあるからだ。

崩れ始めた大企業神話

だが「入社できれば一生安泰」という感覚の大企業神話も崩れ始めた。それは日本企業だけでなく、米国のリーディングカンパニーなども例外ではない。

2024年5月、グーグルは営業系部門だけで約200人を削減した。世界のテック業界では、同年の第1四半期だけで2万2000を超えるポジションが消えたという報道もある(データ引用元:Layoffs.fyi)。

国内に目を転じれば、住友ファーマが40歳以上700名規模の早期退職を募り、事業再編に踏み切った。

また、マッキンゼーの「Generative AI’s potential to boost productivity (2023年)」では、「2030年までに労働時間の最大30%が自動化される可能性がある」とされている。

日々、仕事に励んでいると忘れがちなのが「企業は株主のもの」という視点である。株主が主役であり、株価に影響する収益を守るためなら大企業でも…いや、むしろ株価を意識して経営をする大企業だからこそ人員削減は行われる。最近では我が国でも黒字リストラが報道されるようになった。

勤務先が安定して給与を支払っていることと、その企業が安定していることはイコールではない。「会社員は安定がメリット」という言葉は様々な解釈が可能だが、「勤務先が存続し、雇用を維持すれば」という大前提がある。この前提が揺らぐことになれば、会社員でも安定の保証はどこにもない。

真の安定は自分で作るもの

大企業に入ることが安定と考えるのは間違っている。そうではなく、「いかなる環境になろうとも安定した状態を作り出せる力」こそが真の安定と言えよう。

たとえばハイキャリアビジネスマンが持つ特徴的な感覚の一つに「いつでも転職ができる、スタンバイOKの状態でいる」というものがある。かつての自分がそうだったようにこうした人達は「転職直後からもう数年後の転職を想定して、目先の仕事から価値の高いスキルや経験、実績を引き出す」という感覚を持っている。

だから日々の業務は「上司からの指示で仕方がなくやらされている」というのではなく、「いかに自分のキャリアにメリットがあるか?“市場価値を高める投資的な仕事”として捉えられるか?」という思考なのだ。

だから価値が高い仕事は積極的に手を上げ、常に自分の市場価値をピカピカに磨き上げる。極端な表現が許されるなら、影響力のある上司にごますりをやってでも自分にビジネスチャンスを与えてもらう、という合理的な行動を取ることになる。

こうすることで、仮に勤務先がいきなり倒産しても行き場に困ることはない。そうなればすぐに今のスキルや経験、実績をPRしてあっという間に次の働き口を見つけてくる。彼らにとっては勤務先の安定性にはあまり興味がない。自分のキャリアが安定的に強いかどうかにこそ興味関心があるのだ。

真の安定とは何か?

大衆の持つ「安定」という感覚と実態との間には大きな乖離がある。まずやるべきことは、幻想的な安定を捨てて、真の安定を得る努力である。以下はあくまで一つの例として、筆者の個人的見解を示したものである。

  1. 一生分の安定資産の蓄財完了(例:ゴールドや一等地不動産等の資産を10億円持っているなど)
  2. 複数の収益の柱を持っていること(例:月に30万円を3箇所から受け取る)
  3. レアスキルの掛け算で市場価値の高い人材になること
  4. 安定した勤務先で働く
  5. 安定しない勤務先で働く

1は起業するか投資で当てないと難しく、再現性がない。2もできる人は圧倒的少数派なので日々仕事で忙しいサラリーマンが積極的に狙いにはいけない。そこで狙いたいのが3である。

レアスキル、といっても飛び抜けて天才的なことが出来なくてもいい。たとえば英語の業務経験があり、AIを使って労働生産性高く仕事ができ、さらに何らかの専門領域のスキルや経験があるというものである。

現在、会計やマーケティング、法務などで仕事をしている人は、さらに英語を勉強しAIをスキルとして身につければ、それができない人に圧倒的に優位性を築くことができる。

もちろん、時代は変わるので求められる水準がさらに高まることは想定されるが、そんな事を言いだしたら何もできることはなくなる。さらにその変化が自分のキャリアに直接的に影響を及ぼすまでは、まだ時間は残されていると考え、今できる努力は今すぐしておいて損はないだろう。

もし大企業勤務だからと自分の価値を高める努力をしなければ、勤務先ごと蒸発するリスクが来ないことをお祈りするしかできなくなる。これは戦略的とはいえない。「勤務先の好業績」を願う前に、自分の市場価値を上げる方が再現性が高く、現実的だ。

 

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。