参議院選挙が終わった。私自身は、雑感を「The Letter」に別途書いたとおり、日本社会の閉塞感が反映された結果だと受け止めている。

日本社会に蔓延した閉塞感は、現実の裏付けのある現象だ。一朝一夕には解消しない。閉塞した状況に耐えていく気持ちを定めるしかない。
閉塞していない、などと偽りの主張をする政党は、駆逐されていくだけだろう。
政策部分で大言壮語が多いと批判されている新興政党の場合には、「日本は閉塞している、何とかしなければならない」という実直な状況認識にもとづくアピールが、共感を呼んでいるのである。
閉塞を受け止めながら、それでもなお前に進んでいくために、まず立ち向かわなければならない最も直近の議題は、アメリカとの関税交渉だろう。

選挙戦の合間を縫ってベッセント財務長官と会談したが成果は出なかった 首相官邸HPより(編集部)
自民党は、参議院選挙に、2万円給付といういかにも小手先の物価高対策とあわせて、「なめられてたまるか」と叫んだ石破首相の対米強硬姿勢のアピールで臨んだ。結果的に言えば、全く功を奏さなかった。選挙戦中にベッセント財務長官の訪日があったが、万博訪問が主目的だったということで、関税交渉の進展の糸口を見つける努力すら行われなかった。
アメリカとの良好な関係の維持は、自民党の生命線である。長期にわたる日米同盟体制への国民の信頼なくして、自民党の長期政権は生まれえなかった。現在の日米関係の停滞感は、石破内閣への不信をこえて、日本政治全体の停滞感につながっている。
8月1日の25%の米国の対日関税の導入日が近づいてきている。赤沢経済再生相が8回目の渡米を行っている。多くの人たちが指摘しているように、大臣が8度も渡米するというのは、いかにも交渉が難航していることを印象付ける。ベッセント財務大臣が来日した際も、交渉に関することは口にしない代わりに、「おもてなし」に終始したというが、「汗をかいている」アピールで、人情に訴えるやり方は、奏功する見込みが乏しい。
とはいえ、参議院選挙が終わった直後の交渉だ。アメリカ側も、参議院選挙後の日本政府の新しい態度に期待感があるだろう。選挙結果への悪影響を詮索することなく、しかし長期的な日本の国益を考えて、大きなまとめをする最後のチャンスだと思われる。
私は、これまで交渉の行方に悲観的である旨の文章を何度書いてきた。それは主に、日本国内の主戦論の雰囲気を感じてのことだ。日本の学者・評論家層の間では、「トランプはバカだ、支離滅裂だ、ただそれだけだ、こんな奴に屈してはいけない」といった好戦的な勢いが強い。恐らく選挙でも、参政党の支持者に対して、同じような侮蔑的な言葉を投げかけていただろう。親露派とみなす人々に対しても同じだ。
こうした「専門家」の方々が、どれくらいの数の気に入らない勢力に、次々と侮蔑的な言葉を投げかけて、特定ファン層にSNSで訴えかける毎日を過ごしていらっしゃるのかまでは、よく知らない。しかし、日本でスマホに向かって、「ロシアは負けなければならない、参政党は負けなければならない、トランプは負けなければならない」と叫び続けていても、現実は何も変わらない。
私自身も、トランプ大統領が素晴らしい人物だとか、トランプ大統領の政策は成功を約束されているとかと言いたいわけではない。ただ、全てをトランプ大統領の気まぐれなどの個人的な性癖に還元してしまうのは、危険だ、と感じている。背景に存在している、より構造的な事情を見なければならない。
構造的な事情とは、アメリカが抱える空前の規模の財政赤字であり、それと連動している貿易赤字だ。この問題の深刻さは、トランプ大統領がどれほどの奇人であったとしても、個人的な性癖などによっては全く説明することのできないものだ。
もちろん、日本の財政赤字も深刻である。アメリカと比して、経済の疲弊の度合いも高い。両国ともに、全く余裕がない状態である。
だからこそ、引くに引けない状態に陥っている事情もある。他方、何でもいいから、少しでも成果のあるやり方でまとめて、損切りをしなければならない事情を抱えているとも言える。
アメリカ側も、日本と交渉をまとめた、と宣言したい大きな動機付けを持っている。日本の側も同じだ。交渉を完結させる、ということに現実的な目標を置き、苦渋の政治判断をする時期が迫っている。
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