
談話を表明する頼清徳総統
中華民国総統府HPより
台湾で23日、第3原子力発電所の再稼働の是非を問う住民投票が行われた。結果は有効投票数5,853,125票のうち再稼働賛成が4,341,432票と74.17%を占め、反対票1,511,693票(25.83%)を大きく上回った。しかし、得票率25%の基準に65万余票足りず、再稼働は否決された。投票数は29.53%と低調だった。
台湾の原発は、北部金山の第1原発の1号機(BWR:78年~18年)・2号機(BWR:79年~19年)、金山東方の國聖第2原発の1号機(BWR:81年~21年)・2号機(BWR:83年~23年)、最南端懇丁の馬鞍山第3原発の1号機(PWR:84年~)・2号機(PWR:85年~)の計6基が現存している(BWR=沸騰水型、PWR=加圧水型)。
上記の()内は商業運転開始年とその終了年で、何れも40年できっちり運転を終了している。今回の住民投票は、本年5月に運転を停止した馬鞍山第3原発の1・2号機の運転再開の是非を問うものである。
このほか龍門(基隆東方)に、GEを契約者とし日本企業が主要機器を供給する第4原発1・2号機(ABWR=改良型沸騰水型軽水炉))の建設が99年から始められたが、工事トラブルなどにより中断された。21年12月に工事再開の是非を問う住民投票が実施されたが、反対多数(52.8%)で否決された経緯がある。
この間、16年から8年間続いていた国民党から前年5月に政権を取り戻した民進党の蔡英文総統は17年1月、民進党の党是である「脱原発」を具現化すべく、25年までに原子力発電の全廃を目指す「脱原発法」を成立させた。
こうした経緯を経ての23日の住民投票だったが、頼清徳総統は同夜の談話で、政府は「安全性が確保されていること」「放射性廃棄物の処理策があること」「社会的合意があること」の「3つの原則」で原発問題に向き合っていくと強調しつつ、次のように述べた。
住民投票は成立しなかったが、投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している。原子力は科学の問題であり、一度の住民投票で解決できるものではない。
75%の基準には僅かに届かなかったものの、74%を超える賛成票が投じられた「投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している」と述べたことは、頼総督が原発の再稼働に含みを持たせた発言である、と筆者には感じられる。
そう思う理由は、ワシントンに拠点を置く「戦略国際問題研究所(CSIS)」が7月末に公表した160頁余りに及ぶウォーゲーム報告書「Lights Out? Wargaming a Chinese Blockade of Taiwan」(以下、「報告書」)だ。日本語では「灯りが消える?中国が台湾を封鎖するウォーゲーム」といった意味になろう。
まるで8月23日の住民投票に合わせたかのようなタイミングで公表され、筆者ですら目にしたこの「報告書」を、ハーバードで医学を修めた頼総督と米国人と台湾人を両親に持ち駐米台北経済文化代表処(駐米大使に相当)を務めた蕭美琴副総統という、米国通の二人の指導者が熟読していないとは思われないのだ。
「中国が台湾を封鎖するウォーゲーム」(以下はAI翻訳と拙訳による)
「報告書」の「Executive Summary」は先ず、封鎖が如何に広範にわたるかを理解するべく26通りのシナリオでウォーゲームを実施し、それらを分析して、各当事者、すなわち中国、台湾、米国そして日本が、封鎖の実施とそれへの対抗において直面する運用上の課題を評価すると述べる。
その結果、紛争(海上封鎖など)が避けられないとか、可能性が高いとは主張していないが、中国の武力行使を辞さない統一への拘泥や、継続的な軍事増強を考慮すると紛争の可能性は存在するとし、封鎖を阻止するための政策変更の提案と、万一封鎖が発生した場合に対応するための対策の提言を結語としている。
話は習近平が28年に、現状を変更する強制的な圧力を台湾にかけると決断するところから始まる。選択肢を検討させた結果、習は効果が不確実で時間が掛かる経済制裁や決定的な解決は約束されるが敗北のリスクを伴う軍事侵攻よりも、台湾に向かう船舶を封鎖する措置を選ぶ。
そして習は、中国海警局と人民武装力量海上民兵を台湾周辺に配置し、「国内の法執行問題」だと主張して台湾に向かう船舶を接収し、台湾への商業輸送を止める。この封鎖措置が国際貿易と世界経済を大混乱に陥らせた結果、台湾は中国の法的主張を拒否し、抵抗を決意するというのである。
「報告書」は「封鎖」を、法的な用語としてではなく、「中国が船舶、潜水艦、航空機を用いて台湾への海上交通を遮断する全ての取り組み」として用いている。中国の教義文書で「共同封鎖作戦」が詳細に議論されていることは、中国が台湾に対して行動を起こす場合この作戦を行う可能性を示唆するという。
こうした封鎖は、中国、台湾、米国、日本だけでなく、国際貿易の混乱、特にICチップの生産制限は、地球上のすべての国に影響を及ぼす。だがこれまで、封鎖の具体的な内容や影響についてほとんど合意が得られておらず、可能性のあるシナリオに関する定量的な分析もほとんど行われて来なかった。
26通りのシナリオのうち最悪のシナリオについてのみ後述するとして、先に「報告書」の「提言:封鎖への備えと対応」について紹介すれば・・・
「報告書」は、中国の軍事行動の可能性や、中国が軍事行動を起こした場合に米国が台湾を防衛すべきかどうかについて、立場を表明しない。しかし、米国が台湾に対する曖昧戦略を維持している限り、大統領がそう決定した際、即座に行動する準備を整えておくべきである。
そこで「報告書」は、ウォーゲームの結果と洞察に基づいて意思決定者向けの提言を策定する。これらの提言は以下の3項目の目標を有している。これらは必ずしも封鎖を阻止するものではないが、外交的解決や外部介入のための時間を稼ぐ役割を果たすであろう。
- 台湾と米国が準備を整えており、強制できないことを中国に示すことで抑止力を強化する
- 緊急時における対応時間を短縮し、より効果的な対抗措置を可能にする
- 他の国々が台湾に屈服を迫ることを諦めさせる。なぜなら彼らは迅速な解決が通常の商業活動を再開させることを期待している
次に具体策として4項目を挙げ、それぞれ詳細な事項を説明している。本稿では紙幅の関係で「台湾のエネルギーインフラの強化」については全文を、他は項目のみを記す。
- 商船隊の整備
- 台湾のエネルギーインフラの強化
- 台湾が封鎖に直面した際に米国が支援するための緊急対応計画の策定
- 封鎖に対抗し、解除するための準備
2. 台湾のエネルギーインフラの強化
エネルギーは、台湾が強制的な圧力に耐える能力において最も脆弱な要素である。それはエネルギーの大半を輸入に依存しているためであり、その強化策は以下である。
- 台湾のエネルギー備蓄を増加させる。台湾は、特に石油と石炭の備蓄を通じて、耐性強化に多くの取り組みを行ってきました。追加の備蓄は、危機前に島内の物流網を強化するか、新たな貯蔵施設を建設することで確保できる。
- 耐性のあるエネルギー源を維持・拡大する。台湾は環境保護の観点から、エネルギー源を石炭と原子力から天然ガスと再生可能エネルギーへ移行したが、これにより台湾のエネルギー脆弱性が大幅に増加した。台湾は最後の原子力発電所を継続して運転し、安全な原子力エネルギー生産のための新技術を活用すべきである。
- エネルギーインフラを強化する。台湾は既に極端な気象条件に対する電気システムの耐性を強化してきたが、国家安全保障の観点からさらに強化が必要である。
- 台湾における資源配分計画の拡大。緊急時における最も効果的な対応を確保するため、台湾政府は輸入を管理し、最も重要な物品に焦点を当て、最も必要性の高い活動に配分する必要がある。無秩序な配分は耐性を低下させ、政府の対応の正当性を損なう可能性がある。
(後編の「最悪シナリオ」に続く)






