
任天堂HPより
8月4日にNintendo Switch 2の5回目の抽選結果が発表され、X(旧Twitter)では「Switch2」がトレンド入りした。抽選が発表されるたびに芸能人など影響力のある人物がSNSで当落を報告し話題となり、簡単に手に入らないことで、Switch2を手に入れたいという思いがより強まる。
このような現象について「また任天堂の品薄商法か」と批判的にみる人も少なくない。つまり、任天堂は毎回ヒット商品をわざと出荷しないことで盛り上げているのではないか、と。
しかし、これは実態を無視した表面的な解釈だ。ユーザーの立場では買えない、欲しいのに手に入らないという体験が不満や怒りに直結することは当然だが、その構造をきちんと見ようとする視点が乏しい。
今回の品薄を商法だと断じてしまうのは簡単だ。しかし、その一言で切ってしまっては、何も解決しないし、構造的な問題も見えなくなる。
任天堂のような大企業が、あえて売れる商品を絞って市場に出すことは本当に合理的だろうか。サプライチェーンの脆弱さ、チップの供給制約、ブランド戦略、ユーザー体験、転売市場。これらが複雑に絡み合う結果として買えないという現象が生まれているのだ。
だからこそ、この記事では一貫して任天堂は出したくても出せないという現実を起点に、中小企業診断士として、供給構造やビジネスモデルの観点から答えていく。
出したくても出せない制約条件
Nintendo Switch 2の初年度販売目標は1,500万台。この数字を見て出し惜しみしているのではと感じた人も多いだろう。実際、発表直後から世界中で予約困難となり、発売日に手に入れられなかったユーザーが続出した。
しかし、任天堂の決算説明会では「この台数は生産能力の限界ではない。あくまで戦略的に設定した目標である」と明言している。一方で、システムの心臓部にあたるSoC(システム・オン・チップ)はアメリカの半導体メーカーNVIDIAとの契約によるが、このT239チップは量産に時間がかかる。1点でも部品が揃わなければ機械製品は完成しない。半導体不足の中、想定通りにハードを生産するのは思ったより難易度が高い。
つまり、任天堂は戦略的に出し惜しんだのではなく、生産リスクや品質・価格の維持を加味したうえで、現実的な販売目標を選んだというのが実像である。物理的な制約がある中で、リスクとブランドを両立させるための最適解だったのだ。
想定以上に上がった期待値
Nintendo Switch 2は発売前から過熱しすぎていた。最大の要因は、任天堂自身が展開する情報戦略にある。2025年4月にYouTubeで配信されたNintendo Directは、日本語配信だけで同時視聴者数300万人を超えた。前代未聞の注目度だった。
この盛り上がりを受けてユーザーの期待値は一気に膨らんだが、予約しても落選というギャップが、SNSで怒りとなって爆発した。
問題は、任天堂がこの期待値のコントロールに失敗したことだ。需要は事前の宣伝で最大化されていたにもかかわらず、供給体制の具体的な見通しは共有されなかった。供給が追いつかないなら、なぜそこまで煽ったのか、という疑問が残るのは当然だ。
企業としてはマーケティングの成功であっても、ユーザーから見れば騙された、焦らされたという不信感に転じる。この構図を繰り返してしまえば、いずれブランドそのものが疑われるようになる。
品薄商法が任天堂にとって不利益な理由
任天堂にとって、品薄は本当に得なのだろうか。実は過去に、それが明確に損失となった事例がある。
2017年、スプラトゥーン2という人気ソフトの発売とほぼ同時期にNintendo Switch本体が全国的に品薄となり、各地の家電量販店ではソフトは潤沢にあるのに本体がないという状況が続いた。
このとき任天堂は公式サイトで品薄に関するお詫びを発表し、出荷増を明言せざるを得なかった。小売は機会損失を嘆き、ユーザーは買えない、遊べないというストレスをSNSで共有し始めた。
これは企業にとっても大きなマイナスである。本体が無ければソフトが売れない。ソフトが売れなければ利益にならない。メーカー・小売・ユーザー、すべてにとって負の連鎖が起こっていたのだ。
Switch 2のような話題性の高い商品が売れると、任天堂は一時的に出し惜しみしているように見える戦略家、にも映る。しかし、その裏で起きているのは、買いたい人が買えず、売りたい人が売れず、楽しみたい人が遊べないという機会損失の連鎖なのである。
また、任天堂のビジネスモデルはハードを普及させ、ソフトとサービスで回収する構造にある。Switch 2が多くの家庭に届けば、ゲームソフト、追加コンテンツ、オンライン課金、キャラクターグッズなど、あらゆる形で収益が発生する。
だからこそ、ハードはできる限り早く、広く行き渡ることが望ましい。出荷数をあえて絞ることが目的であるなら、ソフトの販売機会を自ら潰してしまうことになる。そんな非合理な戦略を、任天堂のような大企業が長期的に採るとは考えにくい。
しかもゲーム機器では、ハード発売と同時に発売されるローンチタイトルの売れ行きがその後の評価を大きく左右する。初動でハードが普及しないということは、ソフトメーカーの販売戦略にも悪影響が出る。
結果としてソフトメーカーが離れ、ソフトラインナップが弱くなれば、ユーザーにも選ばれなくなるという負の循環が始まる。
出せば出すほど儲かる構造の中で、あえて売らない選択肢があるとすれば、それはよほどの事情がある時だけだ。つまり、出したくても出せない事情があったと考える方が、自然なのである。
とはいえ、外から見ると任天堂がうまく話題を演出しているように映るのも無理はない。抽選販売、即日完売、SNSでの悲鳴。これらは確かに話題づくりにも見えるし、ブランドの神秘性を保つような効果すら生んでいる。
だが、これは結果的にそう見えるだけであり、意図的な演出とは異なるセキュリティや品質、流通戦略の結果として、自然と戦略っぽく見える現象が生まれてしまっただけなのだ。
それでも品薄商法を疑う人へ
「出したくても出せない?いやいや、出し惜しみして盛り上げているだけでしょ」という声は依然として多い。ここで想定される異論に対して、構造的に答えておきたい。
1つ目は生産能力があるならなぜ全部出さないのか?という疑問。たしかに任天堂は「1,500万台の生産能力はある」と説明しているが、これは最大能力であって確実に流通に乗る数ではない。市場の需要の急激な変化、物流網の制約、小売在庫の偏在などを考慮すれば、一気に出すことには大きなリスクが伴う。
2つ目はそういう事情があるなら事前に説明してほしいという意見。これはもっともだが、企業が発売前に生産計画を細かく開示することは、競合や市場にとって極めて大きなリスクとなる。需要が不確定な状況で出荷台数を宣言することは、かえって株主や取引先に誤解や混乱を与える危険がある。
3つ目は転売屋がはびこるのは企業の責任では?という指摘。これについては任天堂も真剣に対策している。Switch 2では、購入本体が初回インターネット接続された時点でアカウントに紐づく仕組みを導入。さらに、従来あった保証書を同梱せず、レシート提示を求めるように変更した。この結果、新品未開封で保証付きという転売の付加価値は消滅した。
コミュニケーション戦略の改善が鍵
Switch 2をめぐる品薄問題の本質は、供給不足そのものよりも説明不足にある。ユーザーが怒るのは買えなかったことそのものではなく、買えると思っていたのに、買えなかった、というギャップだ。
だからこそ、任天堂にはもう一歩踏み込んだコミュニケーションが求められる。すべてを開示する必要はないが、初回出荷分が限られている理由や今後の供給見通しなどを、FAQやサポートページの形で丁寧に説明することは可能だ。
これにより、ユーザーは知らされなかったという怒りから、なるほど、仕方ない」いう理解へと移行できる。過去の反省も踏まえ、次世代ハードや話題商品においては、期待を煽るだけの広報ではなく信頼を積み上げる広報へと転換していくべきだ。
最終的に大切なのは、誤解されない構造を作ることである。そのためには2つのアプローチが必要だ。
まず一つ目は、物流や小売と連携した流通透明性の向上である。今どこにどれだけの出荷がされているか、予約受付状況はどうか、メーカーが把握している範囲で透明性を上げれば、ユーザーの不安は減る。Appleのように公式サイトで入荷予定日や出荷待ち数を見せる形も参考になるだろう。
二つ目は、期待値マネジメントを前提としたプロモーションの再設計だ。Nintendo Directのような大規模発表と、供給計画の非対称性をうまく調整し、盛り上げすぎず、落胆させないラインを見極める必要がある。これには広報・営業・ロジスティクス部門が一体となった、横断的なプロジェクトが不可欠だ。
企業は意図していなくても誤解されることがある。だからこそ、誤解の余地を構造的に潰していく姿勢が、ブランドの信頼を築く鍵になる。
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濵口 誠一 中小企業診断士
従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。
公式サイト:https://billion-break.com/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年8月18日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。






