
総裁選所見発表演説会に臨んだ各候補
自民党HPより
現役当時、人事の仕事に携わったからといって、自民党総裁選を民間企業の人事異動に擬えるのもどうかと思わぬでもない。が、企業のトップや主管者の異動なら強ち的外れでもなかろう。主管者とは組織の長のこと。メーカーなら、現業部門の工場長、研究所長、営業本部長、支店長など、本社機構の総務部長、人事部長、経理部長、企画部長、技術部長などを指す。差し詰め党3役や閣僚といったところか。
こうした職位にある者の交代・異動を行う理由は大きく二つ。一つは前任者の路線を継承する目的であり、他は人心一新や方針転換のためである。業績などの実績は良好だが、年齢や病気、当人起因でない不祥事による引責やその能力・経験などを他部門で活かすための異動が前者なら、後者は業績不振や当人起因の不祥事やトラブルなどによる異動ということになる。
今回の自民党総裁選がなぜ行われるのかを考えれば、その理由が後者であることは明らかだ。それは石破政権が10カ月という短期間で、衆参両院の国政選挙で連続して大敗を喫し、党の議員を大勢減らしたからだ。そこに着目すれば、石破路線を引き継ぐと述べる二人の現職閣僚、即ち政権No.2の林芳正官房長官と小泉進次郎農水大臣にその資格があるとは思えないのである。かつて、幹事長として現職総裁に挑んだ石原伸晃氏が「平成の明智光秀」と呼ばれた例もある。
が、奇怪なことに世論調査などの前評判では、トップを走る小泉氏を高市早苗氏が追い、林氏が2人を追い上げているという。国民の意思によって一敗地にまみれた前任者の路線を踏襲すべきでないなら、人心一新・方針転換のため高市氏、小林鷹之氏、茂木敏允氏の何れかに総裁を明け渡すのが憲政の常道であり、世間一般が思うトップ交代の姿であろう。これを異常と思わない自民の議員た党員は異常である。
そこで、24日に行われた日本記者クラブ主催の総裁選討論会やこれまでの出馬会見・TV討論会などで、各候補者が述べたことを、トップを走る小泉氏を主役に追ってみる。
小泉氏の発言で先ず筆者が気になった語は、石破・森山ら執行部が再三口にした「財源」だ。小林氏の「防衛費対GDP比2%では到底足りない」発言に、「NATO加盟国の3.5%も視野に入るのか。約7.5兆円の追加費用が必要だが、財源は?」と問うた。また林氏が提案する、低・中所得者を支援する「日本版ユニバーサル・クレジット」についても、財源規模と生活保護との関係を質した。
その一方で小泉氏は盛んに「優先順位」をいう。「何に政治のエネルギーを使っていくべきかという優先順位は重要だ」という具合に。ならば防衛費の優先順位を自らも述べるべきだ。防衛費も最低限の生活を国民に保障する社会福祉費も極めて優先順位が高い。高市氏がいうように、「補助金」を含めた歳出を見直し、足りなければ国債で賄うべきなのだ。「財政規律栄えて国滅ぶ」では困るのだ。
記者クラブでは、「他の候補はほとんどペーパーを見ないでしゃべっている。しかし、小泉さんは何度もペーパーに目を通している。・・まだ44歳。そんなに慎重すぎてどうするんですか」とも問われた。小泉氏はこう応じた。
年齢ではなく責任ある立場の者は、適切な慎重さは兼ね備えるべきだ。紙を読んでいるといった指摘があることも承知している。だからといってそれが自分の言葉ではないということではなく、公務の合間を縫って自分なりに相当手を入れ、何度も推敲を重ね、最終的にいかに正確に思いが伝えられるかに重きを置いたつもりだ。
が、「自分なりに相当手を入れ、何度も推敲を重ね」る原稿が、役人の手になるものであることは周知のことだから、「役人の書いた原稿に」との句が抜けている。その点、小林氏は自らの「0から1を創る力」を強調する。これに倣えば小泉氏のは「1を1.1にする力」ということ。それは09年8月の初当選以来16年間、議員立法に1本も関わっていないことに象徴される、政策立案能力の問題ともいえる。
因みに、他の4候補が議員立法に関わった数は、多い順に林氏が30年間で16本(内筆頭13本)、高市氏が30年間で10本(同5本)、小林氏が13年間で3本(同0本)、茂木氏が32年間で2本(同0本)である(筆頭とは複数の法案提出者がいる場合の代表のこと)。政策に通じ、そつがない林氏ならではのことか。これ以外に、数は不詳だが各候補が書いた法案が党政調経由で法律になることもあり得る。関連して、政策通の高市氏は答弁書を自ら書くこともあるとされる。
小林氏に、環境大臣当時に推進した太陽光パネルを含めたエネルギー安全保障について問われた小泉氏はこう答えた。
自給率が極めて低く、海外依存度が高いことが問題だ。化石燃料も依存率が高い。再生エネルギーや原子力、国産のエネルギーをいかに増やすか。太陽光パネルについては地域で環境破壊につながるとか、希少種の保護と逆行することには、必要な措置や規制、対応が不可欠だ。
「化石燃料の海外依存度」と対句で述べているので、「再生エネルギーや原子力」を「国産エネルギー」と考えているように聞こえる。が、太陽光も風力も装置の多くは輸入だし、原発の核燃料もほぼロシアの独占だから、国産は原発装置だけだ。しかも、ここへ来て原野や山林の自然を破壊し、むしろCO2の吸収を阻害する中国製太陽光パネルを大いに普及させたことの総括に頬被りされても納得がいかない。
頬被りといえば、昨年の総裁選で主張して支持率急落を招いた「選択的夫婦別姓」と「解雇規制の緩和」も引っ込めたようだ。両方共1年以内に具体化すると述べたはずだから、小泉氏が総理総裁になっていたら今頃は実現していたことになる。だのに、前者については「思いは変わらない」としつつ党内の「優先順位」が低いとした。後者も聞かれれば、きっと同じ答えをするのだろう。
が、「綸言汗の如し」(「漢書」劉向伝)、即ち「天子の言葉は、出た汗が体内に戻らないように、一度口から出れば取り消すことができない」との語もある。そういえば小泉氏は、早期解散論もぶっていた。それを否定していた石破氏が前言を翻して解散を打ち、衆院選に惨敗した。その石破氏も「アジア版NATO」などといっていたが、これは党内どころか世間でも極めて優先順位が低かった。
その石破首相は23日、総裁選について「どなたがなられても、この1年間の路線、みんなで作ってきたものなので、これを引き継いでいただきたい」と語った。が、衆参の国政選挙に続けて惨敗しながら、「この1年間の路線を引き継げ」というのは異常である。「敗軍の将は兵を語らず」、失敗した者はその事について意見を述べる資格がない。人心一新・方針転換のできる候補が後任総裁になるべきである。
バイデン政権の政策を悉くひっくり返すと選挙戦で公約し、大統領に返り咲いたトランプ米大統領は、6年振りの国連演説で「空虚な言葉は戦争を解決しない、行動だけが解決する」と述べた。が、それは「戦争」だけに限らない。自らの信念に基づく政策を打ち出し、賛同者を糾合して実行に移す、これが出来る総裁を、自民党の議員と党員には選んでもらいたい。






