米大陪審が起訴したコミー元FBI長官の嫌疑

トランプ大統領は9月20日、「コミー、シフティ、そしてレティシアはどうなるんだ?」「これ以上先延ばしにできない。我々の評判と信用が傷ついている。彼らは私を2度弾劾し、(5度も!)起訴した。直ぐに正義は執行されなければならない!」とTruth Socialに投稿し、彼らの起訴を司法長官に促した。

FBIの「クロスファイア・ハリケーン(捜査)」(以下、「捜査」)をご記憶だろうか。16年の米大統領選で共和党候補のトランプ陣営とロシアとの間の共謀、即ち「ロシアゲート」を巡る「捜査」の通称である。投稿でトランプ氏が名指したコミーとは「捜査」を開始したFBI長官、シフティとはこれに加担した民主党アダム・シフ上院議員のことだ(レティシアは後述)。

トランプ氏が「捜査」の検証のため20年10月に特別検察官に任命したジョン・ダーラム氏は、バイデン政権下の23年5月に公表した報告書で、「(オバマ政権の)司法省とFBIは本報告の一定の事柄や活動に関連して、法への厳格な忠誠という重要な責務を維持できていなかった」「本件に密接に関与した一定の人物」には「トランプ氏への捜査を開始しようという気質」が存在していたと結論した(23年5月16日の『CNN』)。

そのコミー氏に関し、9月26日の『NHK』は、米司法省が「偽証などの罪で起訴されたと発表した」などと報じた。記事が大陪審に触れていないので補足すれば、司法省がコミー氏をバージニア州東部地区連邦裁判所に告訴(charge)し、同所の大陪審が告訴状に記載された訴因と証拠を審議した結果、起訴に値すると判断したのである。

米国の裁判所には小陪審と大陪審が置かれ、検察から提出された証拠が被告人を起訴するに値することを合理的な疑いの余地なく証明するかどうかを判断する。刑事・民事両方を審議する小陪審の陪審員は6〜12人で、1つの事件毎に選ばれる。他方、16~23 人で構成される大陪審は18ヵ月の任期中に複数の事件を審議する。

「置かれ」としたのは、この大小の陪審は検察の起訴手続きの一部であって裁判ではないからだ。大陪審を例にとれば、告訴(や告発)された被疑者は先ず大陪審の起訴手続きを受ける。23人の陪審が検察の告訴状を精査したり、証人を喚問したりして、被疑者を起訴するかしないかを通常2日間で判断する。

これに被疑者や弁護人の立ち会いは認められず、傍聴も許されない。斯く秘密裏に行われるのも、検察の起訴手続きの一部であるからだ。大陪審は、ほぼ検察の主張通り起訴を決定するので、検察の「ラバースタンプ」との批判もある(以上、丸田隆著『陪審裁判を考える』中公新書より)。

本論に戻れば、司法省はコミー氏を以下の2つの容疑(訴因)で大陪審に告訴したとされる。大陪審は訴因1の告訴については棄却したと報じられているが、だとしてもコミー氏が起訴されたことに変わりはない(26日の『Epoch Times』)。

同記事に拠れば訴因1は、合衆国法典第18条第1001項が「重大な虚偽、架空、または詐欺的な陳述や表明」をした行政・立法・司法部門の職員に対する政府の告訴を認めていることに基づく容疑だ。司法省はコミー氏が立法府に虚偽の陳述をしたとし、同氏が注目度の高い捜査につき匿名の情報源として第三者に依頼したと主張する。

訴因2の容疑は、同第18条第1505項に基づく司法妨害だ。司法省はコミー氏が「上院司法委員会で虚偽かつ誤解を招くような発言をすることで、同委員会の調査に必要な調査権の正当かつ適切な行使を不正に影響、妨害、阻害しようとした」と主張している。

コミー前FBI長官を大陪審が起訴——2つの訴因とその背景

コミー氏が告訴された虚偽の証言は、20年9月30日の上院司法委員会の公聴会で、共和党テッド・クルーズ上院議員の質問に対してなされた。今般、このタイミングで司法省が告訴し、大陪審が間を置かず起訴の判断をした理由はこの9月末に5年の時効を迎えるからだ。20日のトランプ投稿はリマインダーであろう。

また管轄が、公聴会が開かれたワシントンD.C.ではなくバージニア州東部地区アレクサンドリア裁判所になったのは、公聴会にコミー氏がバージニア州の自宅からリモート出席したから。ノータイにジャケット姿のコミー氏が証言する様子をクルーズ氏が自身のネット番組にUPしていて、事件の概要も語られている。

番組でクルーズ氏が指摘する要点は、『WSJ』が16年10月に「ヒラリー氏の捜査を巡りFBI内部対立」と題する記事を掲載し、FBIによるクリントン財団への広範な調査が暴露された件だ。クルーズ氏がコミー氏に質したのは、『WSJ』への情報漏洩を認めている元FBI副長官アンドリュー・マッケイブ氏に対し、コミー氏がその漏洩を承認したか否かであった。

コミー氏は宣誓証言の中で、「ヒラリー氏やトランプ氏の捜査に関し、匿名の情報源として行動したことも、他者にそうすることを許可したこともない」と述べていた。が、訴因1と訴因2が根拠とする法律は、各々「立法府に対する虚偽の陳述」に言及している。

当初、マッケイブ氏はこの「UPD」(無許可の情報漏洩:unauthorized public disclosure)を否定した。が、司法省監察官によるFBI内部の調査の中で漏洩を認め、上司のコミー氏がそれを承認したと述べた。クルーズ氏は「マッケイブ氏とコミー氏のどちらが嘘をついているかだ」と指摘し、司法省が提出した証拠から確信を得て、大陪審がコミー氏起訴の判断をしたと推測している。

その司法省は、訴因1の告訴状で、コミー氏は上院司法委員会に対し「『人物1』に関するFBIの捜査に関して、『FBIの別の人物に対して、ニュース報道で匿名の情報源となることを許可したことはない』と主張した」とする(告訴状は個人を番号で記載している)。

そして告訴状は、「その発言は虚偽である。なぜならコミー氏は当時その場で知られていたように、実際には『人物1』に関するFBIの捜査の報道で、『人物3』に匿名の情報源として協力することを許可していたからである」と主張している。

保守系サイト『Declassified』主宰のジュリー・ケリー氏は、仮に『人物1』がヒラリー氏なら『人物3』はマッケイブ氏になるとし、これがマッケイブ氏とコミー氏との争い種となり、司法省監察官によるFBI内部の調査の根拠となったと推論する。その争いこそ、『WSJ』が報じた「内部対立」である。

補足すれば、ダーラム報告書は『WSJ』報道と同じ16年10月に『NYT』が報じた「ドナルド・トランプを捜査、FBIはロシアとの明確な繋がりは見出せない」との記事の「UPD」にも言及している。『NYT』は16年の大統領選に関連したロシアの悪意ある活動に関するFBIの対諜報捜査、即ち「捜査」は、トランプ氏とその陣営とは関連がないと報じていた(9月25日の『National Review(NR)』)。

『NR』記事に拠れば、ジャーナリストのキャサリン・ヘリッジ氏が入手した20年2月の「ダーラム捜査終了メモ」に拠ると、ダーラム氏は『NYT』への漏洩を「UPD」として捜査し、コミー氏の側近のFBI法務顧問ジェームズ・ベイカー氏とFBI首席補佐官ジェームズ・リビッキ氏に言及していた。

ベイカー氏はダーラム氏に「コミー氏から[NYTに情報を提供する]よう指示され、承認されたと確信していた」と述べた。が、彼はコミー氏から直接指示を受けたのではなく、指示はリビッキ氏からだったとし、リビッキ氏がコミー氏からの指示と承認を彼に伝えたと理解していたと述べた。ダーラム氏は「このUPDに関し、ベイカー氏及び他の誰に対しても起訴は行わない」とした。

レティシア・ジェームズ司法長官をめぐる疑惑と「司法の武器化」論

最後にレティシアの件。トランプ大統領はバージニア州東部地区のエリック・シーバート連邦検事を解任、22日にリンジー・ハリガン暫定連邦検事を後任に任命し、ハリガン氏はコミー氏を起訴した。シーバート氏はここ数週間、コミー氏とニューヨーク州司法長官レティシア・ジェームズ氏の起訴を拒否していた。彼はトランプ投稿の前日(19日)に辞任したが、トランプ氏は自分が解任したとする。

レティシア・ジェームズ氏といえば24年1月に被害者のいない金融詐欺容疑の民事裁判で3億6800万ドルの罰金(金利を含め今や5億ドル超)をトランプ氏と息子らに科した超の付く反トランプである。が、トランプ氏が言及しているのは、彼女が居住宅とは別の住宅を居住宅と偽り、低利息で融資を受けた疑いの件だ。

アダム・シフ氏とトランプ氏からFRB理事解任を申し渡されたリサ・クック氏にも、レティシア氏と同種の嫌疑がある。クック氏は「2カ所で住宅を購入する際に、両方を居住用として申請し、居住用の低金利で住宅ローンを契約した可能性がある」として、連邦住宅金融局(FHFA)が虚偽申告の罪で刑事告発した。クック氏は控訴している。

こうした一連の件について、下院民主党のジェイミー・ラスキン議員は、トランプ氏の盟友ビル・パトルFHFA長官がその立場を利用して「トランプ大統領の政敵リストに載っている人物を捜査と中傷の対象にした」として、捜査に関連するすべての文書を提出するよう求めている。

また下院司法委員会の民主党議員は、トランプ政権によるこれらの捜査について、大統領の政敵である3人を標的に権力を「大胆に乱用」したと主張する。レティシア氏も弁護士を通じ、自分は「大統領の政治的報復キャンペーン」の一環で標的にされたとし、また同弁護士も「司法省を武器にして、職務を遂行する公職者を処罰しようとするのは、法の支配への攻撃である」などと述べた

が、16年の大統領選以降の9年間をwatchして来た者には、日米の主流メディアが報じるのとは全く別の景色、即ち、オバマ・バイデン両政権の行き過ぎたリベラル化(ポリコレ、気候変動原理主義、DEI、CRTなど)で分断が進んだ米社会を、トランプの「常識革命」が是正している景色、「司法の武器化」も、トランプを「2度弾劾し、(5度も!)起訴した」バイデン政権ほどではない景色、が見えるのである。

当初はトランプとロシアの共謀といわれた「ロシアゲート」で、今般コミー氏が起訴されたことも、トランプ氏が27日、FBIが「あらゆる規則、規制、プロトコル、基準に違反して」274人もの捜査官を群衆の中に秘密裏に配置していたとTruth Socialに投稿した「j6」も、まさにコペルニクス的大転換である。

さて、報道を見る限りだが筆者は、シフ氏とクック氏はこの件での立件は難しいと思う。が、レティシア氏については、居住用と別宅の両方とも居住用の低金利で住宅ローンを契約した証拠がある上、居住宅の戸数を偽って(5戸⇒4戸)低金利で契約した疑いもあり、早晩、起訴されると思う。

コミー氏についても、ハーバード・ロー・スクールを、上位1割に与えられるmagna cum laudeを得て修了した、超優秀な弁護士でもあるクルーズ上院議員の述べるとおり、有罪になるではなかろうか。

なお担当判事には、バイデン大統領が21年に任命したマイケル・ナックマノフ米連邦地方判事が無作為に割り当てられた。