多くの訴訟を抱えながらもトランプは、共和党党員集会でアイオワに続きニューハンプシャーでも勝つ勢いだ。訴訟の一つで「ニューヨーク詐欺事件」と呼ばれている裁判の最終弁論が11日に行われ、判決を待つだけとなった。そこで本稿では、この訴訟を報道をもとに一般論として考察してみる。
事件の骨格は、トランプとその息子らが、有利な条件で融資を受ける目的で所有する「トランプ・オーガニゼーション」(以下、「TO」)の資産を「数十億ドル」も水増しした財務諸表を銀行などの金融機関に提出したとして、ニューヨーク州が同州最高裁に提訴したというもの。
ニューヨーク州の司法長官レティシア・ジェームズ(民主党)は、同州最高裁のアーサー・エンゴロン判事に対して、トランプによるニューヨーク州への罰金3億6800万ドルの支払いと、トランプと「TO」の幹部2人がニューヨークで不動産業を営むことを永久に禁止するよう求めている。
トランプの弁護士クリストファー・キースは11日、「44日間の裁判中、この法廷で詐欺があったと述べた証人は一人もいない」とエンゴロン判事に述べており、原告は金融機関ではなくニューヨーク州と思われる。また同州はこの種の民事裁判で陪審制を採らないので、判決は判事が行うという。
エンゴロン判事はこの裁判に先立ち、トランプがトランプタワーのペントハウスを実際の3倍の広さと偽るなどのトリックを使い、長年にわたり財務諸表の資産について詐欺を働いてきたと認定した。この裁判では未決定になっている、共謀、保険金詐欺、ビジネス記録の改ざんなど6件が裁かれる。
弁護士は、財務諸表は「長年の社外会計士と協力して社内の者によって作成された」とし、「貸し手はそれを受け取った後、自ら調査・吟味する」と述べた。が、判事は、被告は「評価は主観的なもので、法律が罰するのは『重大な』逸脱のみであるという」が「嘘は嘘であることに変わりはない」と断じた。
報道のみの情報であり数字を含めて細部が不詳なので、一般的な企業の株式買収の例に本事案を当て嵌めて考察してみる。先ず、M&AとはMergers(合併)とAcquisitions(買収)の頭文字で、企業全体あるいは対象企業の一部の事業などを、合併または買収する取引のことをいう。
企業丸ごとのM&Aでは対象企業の株式の全部また目的に応じた比率分を買う。他方、事業だけの買収の場合は、営業権のみ、人員付き、工場・設備付きなど様々なケースがある。よってここでは、対象を上場企業の株式100%買収に絞る。但し、時価の株価あるいはそれにプレミアを付けて買う場合は除く。
記事に「財務諸表」との語があるが、それには損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の3種がある。PLは一定期間(年間、半期、四半期)の収益(売上)と費用(原価)及びその差し引き利益を表す。CFも一定期間のキャッシュ(現金)の収支を表している。
BSは各期末の資産(左側)と負債(右上)とこれらを差し引いた純資産(右下)の残高を表す。この残高には、対象期間の事業活動の結果としてのPLとCFが反映される。企業の価値をBS(帳簿)上の純資産(簿価純資産)と考えれば、有価証券報告書だけで誰でも企業価値を知ることができる。
が、そう単純ではないのは、資産も負債も時価に換算する必要があるからだ。例えば固定資産である土地ひとつとっても、帳簿には購入時の価格が記されているが、土地の路線価は値上がりもすれば値下がりもするし、競争入札すれば路線価の何割増しかで落札するかも知れない(落札価格=時価)。
この様に、全ての資産と負債を時価で見積もった結果の純資産を時価純資産という。トランプタワーのペントハウスの場合、面積は検証できるが競争入札した場合の落札価格は入札してみないと判らない。従って客観的に見積もることになるが、複数の客観データのどれを選ぶかにも必ず主観が入る。
エンゴロン判事は「(被告は)評価は主観的なものという」と難じるが、借り手の評価に主観が入るのは当然のことだ。だから「貸し手」も「自ら調査・吟味」して両者のネゴが行われ、双方が得をしたと思う価額に落ち着くのである。こんな当たり前のことを知らないのが判事の職業病なのだろう。
時価純資産の見積もりはまだ易しい方で、他にもEBITDA倍率法とか現在価値法とか難解なのがある。EBITDAは「Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の頭文字で、税(Tax)引前利益に支払利息(Interest)と償却費(Depreciation and Amortization)を加えた利益(Earning)のこと。
その倍率は、余り成長が見込めない成熟産業の場合はEBITDAの3倍(3年分)とか、将来性の見込める成長産業なら10倍(10年分)とかいった具合に双方がネゴして、買収価格が決まる。従って、EBITDA倍率といえども売り手と買い手の「主観」のぶつかり合いで決まることに変わりはない。
現在価値法は、例えば10年後までの毎年のCFを予想し、その10年間の金利(例えば3%とか5%とか)を織り込んで10年後の価値を現在の価値(NPV=正味現在価値)に割も戻して算出する。この場合も、10年間のCFの額も金利も「主観」で決める訳だから、結局は売り手と買い手のネゴになる。
繰り返しになるが、企業の価値は、その算出方法を含めて売り手と買い手(トランプの場合は金融機関と「TO」)のネゴで決まる。従って、より強くその取引を完了したいと思う側が譲歩することによって、双方の思惑の間の価額で決着することになる。これは何の商取引でもいえることだ。
以上、拙い説明で恐縮だが結論をいえば、そもそも誰一人損をしていない、つまり被害者のいない(判事は州の税収に影響したと主張する?)訴訟が起き、何週間も審理されること自体が異常ではなかろうか。連邦でも各州でも、民主党がこんな訴訟ばかりしているから、それらを「司法の武器化」と断罪するトランプの支持率がますます上がるのだ。
米国民の評価は、「J6」(議事堂襲撃)でもハンター・バイデンのラップトップでも、真相が明らかになるに従い相応に変化する。折しもジュリアーニを破産に追い込んだジョージア州のRICO訴訟を担当するフルトン郡検事ファニ・ウィリスに、彼女が任用した郡の特別検察官との愛人関係が発覚したり、投票機の審議が始まったりしている。
「J6」訴訟などを指揮するジャック・スミス司法省特別検察官に対しても、12月22日に元司法長官と2人の憲法学者が、スミスの立場は「連邦議会が創設していない役職に就いているため違憲」なので「トランプ氏を訴追する米国を代表する権限がない」と主張する法廷準備書を連邦最高裁に提出した。
これらも踏まえて筆者は、仮にエンゴロン判事が本件で有罪判決を出したとしても、トランプは連邦最高裁で無罪になるとみている。