高市政権の展望:1か月を振り返りつつ、その先を見る

首相官邸HPより

自民党総裁選:高市政権誕生までの1か月の振り返り

まずはお詫びから入らねばならない。

前回の記事において、当時4日後に迫っていた自民党総裁選を前に、私は、①5名の候補者が乱立し、国会議員票が大きなウェイトを占める決選投票が鍵となる中、②連立による少数与党からの脱皮・安定化を求める議員心理、③最も組みやすい相手としての維新との連立可能性、などから考えて、多くの国会議員は小泉氏に一票を投じ、小泉政権が誕生することを予想した。

ただ実際には高市政権が誕生した。見事に予想を外してしまったわけで、不明を恥じる他ない。お詫び申し上げたい。

そこからの約1か月、政局は目まぐるしく動いた。まず、公明党とのまさかの「離婚」があった。結果、「総裁にはなっても、総理にはなれないかもしれないと言われている可哀想な女」(高市氏談)となったが、「玉木首相」で政権奪取を狙う立憲民主党の野党連携の動きが腰砕けになり、逆に、自民党サイドは維新と「結婚」とまでは言えないが、「婚約(もしくは同棲?)」とも言うべき弱い連立が何とか成立。高市政権が誕生した。

熟年離婚は、①積もり積もった不満と、②引き金となるイベントが重なって成立することが多い。今回の政局(26年にわたる自公の連携の解消)で考えれば、前者(①)は、安保政策や政治とカネなど、高市氏としても如何ともしがたい「価値観の違い・ずれ」ということになるが、後者(②:トリガーイベント)は、「夫婦」である公明との協議の前に、国民民主との連立協議を模索するという動きであった。

夫婦で話し合う前に愛人候補に手を出さんとするような話で(公明と維新は考え方の基盤が真逆)、逆鱗に触れてしまうという高市氏の初手の悪さが際立った。ただ、紆余曲折あって最終的に価値観が近い維新と「婚約(同棲?)」に持ち込めたことは大きかった。

自民党から見て、本来、維新との連立であれば小泉氏(とその後ろ盾の菅氏)、国民民主との連立であれば高市氏(とその後ろ盾の麻生氏)というのが、政局ウォッチャーの相場観であった。

そして、全国に次々と候補者を擁立して勢いのある国民民主とは、選挙区調整その他を見据えると連立が難しいというのが一般的な見方であったが(言い訳になるが、したがって維新との方が組みやすく、小泉政権誕生の可能性の方が高いと私も見ていた)、何と、高市氏が勝利しつつ、維新と結果として組むことになったのは驚きだ。

玉木氏が、なぜ高市さん(麻生さん)との連携から身を引いたのか。引いておきながら、立憲の「玉木首相案(野党連合による政権奪取)」にも乗らずで、どこに行こうとしていたのか、非常に不思議ではある。「総理になる覚悟はある」と言いつつ、ほぼなるつもりは無かったようにも見える。一体、どういう戦略だったのか。今がタイミングではなく、力をためる時と見たのか。

個人的には、先般の地元のアイドルとの不倫問題に続き、表舞台に立つと出てくるとされる女性問題等のスキャンダルの二の矢・三の矢を警戒したのではないかと勘繰ってしまいたくなるが、表向きは、公明が離脱する中で組んでも仕方ない(自民と国民民主で組んでも過半数を押さえられない)と考えたことが大きいとされている。ただ、自民と維新でも過半数を押さえられないのは同じだ。真相は藪の中である。

高市政権誕生後とロケットスタート

いずれにしても、高市氏の執念が実を結ぶこととなり、議員定数削減などの維新の要求を基本的に丸ごと飲む形で、10月21日に新内閣(高市内閣)が発足した。石破総理の辞任発表時の想定よりは少し遅れたが、自民党はトップを変え、何とか政権を維持することに成功した。

そこからわずか10日だが、まさか、ここまでのロケットスタートを切ることになるとは思わなかった方が多いと思う。「何とか維持」するレベルだったはずの自民党政権が、急に勢いを得ている。

私もまさかこれほどの数字になるとは思わなかったが、高市内閣の高支持率が凄いことになっている。調査媒体による違いはあるが、軒並み70%台となっており(一部、60%台だが、それでも高い)、小泉純一郎政権、鳩山由紀夫政権、菅義偉政権などと同レベルの過去最高レベルの高さだ。

女性初の総理という清新さがあり、しかも、政権の要とも言うべき財務大臣も女性の片山さつき氏となった。小泉防衛大臣や鈴木農水大臣、小野田経済安保大臣と40代の閣僚が政権を彩って、石破内閣より平均年齢が4歳若返った。

総裁選で争ったライバルたちが軒並み入閣し(小林鷹之氏は政調会長)、石破側近だった赤沢氏も経産大臣に横滑りとなり、党内融和、自民党の総力戦という演出もバッチリである。支持率が上がって当然かもしれない。

しかもラッキーなことに、政権が成立して5日目にASEANで外交デビューを果たし、7日目にトランプ大統領を迎えての日米首脳会談が行われ、直後にAPEC出席の機会を得て日韓、日中、と立て続けに首脳会談を実現している。

各国のトップと自国のトップが肩を並べている絵柄は国民に良いイメージを植え付ける。首脳外交は、ロケットスタートに大きく貢献している。私見では、恐らく高市氏ならずとも(誰が新たな総理になっていても)外交デビューは成功したであろうと思われるが、特に日米首脳会談においては、個人的信頼関係構築をうまく成し遂げ、成功を「大成功」に持って行くことができた。

運も実力のうち、とは言うが、それにしても運がいい。日米首脳会談はホーム開催となった。例えば鳩山政権でも、発足後7日目で日米首脳会談が実現しているが、鳩山氏の訪米時に行われたものであった。彼我の国力の差を考えるとやむを得ないことだが、基本的に政権発足後の最初の日米首脳会談は、日本の総理が訪米して行われるか、国際会議の場などを使って第三国で行われるのが通例だ。スポーツに喩えていえば、アウェイから入るわけである。

しかし、今回は政権発足直後の日米首脳会談が日本で行われた。外相経験などがない高市氏にとっては、心理的に物凄く有利であったと思う。

もちろん、ホームになったのは、わが国の国力によるものではなく、そもそもトランプ大統領がASEANやAPECの機会を活用してアジアを歴訪する中で日本に立ち寄ることになったものである。アメリカ側の意地もあったかもしれないが、日本の中でのアメリカ(横須賀米軍基地)を、アメリカの大統領専用ヘリで日本の総理が訪問するという「ホームの中のアウェイ」のような演出もあった。

官邸官僚を中心とした事務方の強さ

組閣にしても、外交デビューにしても、正直、高市氏のリーダーシップが発揮されたという感じは受けていない。これらがうまく行ったのは、推測だが、いわゆる官邸官僚たちの力が大きいようにも思う。

内閣の実力を判断する際、とかく閣僚の顔ぶれに目が行ってしまう。各大臣という意味での内閣の陣容が大事でないとは言わないが、私見では、現代は閣僚以上に、官邸のスタッフの力がその内閣の帰趨を大きく左右するようになっていると考えている。

私が大学を卒業して、最初に霞が関に奉職してから29年が経とうとしているが、その間、内閣人事局や国家安全保障局が設置されるなど、見える形でも、また、見えない形でも、官房長官なども含め、官邸スタッフの力が以前より各段に増している。

9月の終わりに、私が経産省を辞めた時の上司(当時の貿易局審議官/私は当時インフラ輸出の司令塔的な課の筆頭課長補佐)で、安倍政権で総理秘書官(→総理補佐官)をずっと務めておられた今井尚哉氏に、たまたまパーティでお会いすることがあった。今は、高市内閣の参与になっているが、その時は小池都知事のサポートをされているとのことであった。

色々と話に花が咲き、20分くらいだったであろうか、それなりの時間の立ち話となったが、時節柄総裁選についての話も出た。私が「小泉氏が勝ちますよね、、、」と水向けたところ、「まあ、総裁選の議論は面白くないな。小粒な議論でつまらない。あまり興味ない。やはり、国益かけてトランプやプーチンと瞬間芸で勝負できる・渡り合えるのは安倍さんだな。」と懐かし気に振り返っておられた。

話を少しそらされたかな、と思ったその直後、急に引き締まった表情で、「高市氏が勝つぞ。俺たち(安倍政権時のこと)ほど、官僚系の秘書官が、選挙までつぶさに見た政権は無いからな。」と自信満々であった。

その際は、今井氏のコメントは、今井氏が心底敬愛してお仕えしていた安倍氏が推していた高市さんの勝利についての、今井氏なりの願望ともつかない予測かと思っていたが、結果、今井氏の予想通りになった。良い政策も、選挙での勝利・政治的安定がなくしては達成できないということで、今井氏は、見方によっては、政策集団たる霞が関官僚の領分を超えた動きを官邸でしていたこともあるのかと思う。

今回の高市陣営において、総裁選での勝利から組閣等において今井氏が積極的に動いていたのかどうかは分からない。今井氏は、今回も安倍政権時同様に政務秘書官のポストを打診されたとの報道もあるが、これを固辞して参与となったとされる。代わりに、直前まで経産省の事務次官をしていた飯田氏が高市官邸の政務秘書官となり、今井氏が官房総務課長だった時代に筆頭の補佐として支えた香山氏が官邸の事務秘書官となった。

香山氏は、安倍政権時代に、NYの産業調査員という経産省の「日米外交」の最前線にいて、今井氏にダイレクトレポートをしていたこともある。飯田氏は、国際経験が豊富でない(ほぼ無い)ので、本気で高市政権を支える場合は、今井氏を軸に、各省や内政の調整は飯田氏、外交関係は香山氏が中心となって動いていくことになるであろう。

約3年続いた岸田内閣でも、元経産省次官だった嶋田氏が政務秘書官で、事務秘書官に経産省から荒井氏(途中から伊藤氏)という体制が構築されていたが、安倍政権を含め、最近の日本の中長期政権の屋台骨は、経産省ラインが支えている。そして、外交安保は、当時の秋葉氏など、対外友好以上にプラクティカルに国益重視をするタイプの外務官僚(秋葉氏など)が支えることで安定感を出してきている。

安倍政権においては、北村氏など警察官僚の影響力も大きかった。今回は、異例であるが、在任9カ月の局長を代える形で、迫力ある外務官僚の市川氏が国家安全保障局長となった。ある意味で、閣僚人事以上に、官邸を中心に、高市政権を支える事務方の体制は整ったと見て良いであろう。

どこまで官邸官僚たちが高市政権のスタートに関与しているのかについては、推測の域を出ないが、今回の日米首脳会談における各種アレンジ(トランプ氏をノーベル平和賞に推薦するなどして、気分良くさせて、最後までトランプ氏は会わない方向だったとされる拉致被害者との面会を実現させるなど)から、ともするとその前の閣僚人事に至るまで、かなり、事務方の力が影響していたのは間違いないのではないか。

悪く言えば、高市氏のリーダーシップは、まだあまり感じられず、官邸官僚たちのおぜん立ての上に乗っかっているだけのようにも見える。

岸田氏が勝利した際の自民党総裁選挙において、安倍氏が総裁候補に推していたことからも明確なように、①安倍氏のレガシーとも言える保守政治家の高市氏、②わが国における女性初の総理大臣である高市氏、という「役者」がうまく機能していることは間違いないが、その役者をプロデュースし、演出し、総合監督をしているのは、今井氏などを中心とする、安倍政権以来の官邸官僚たちにも見える。

立場が人を作るとは言うが、高市氏が安倍氏のように、官邸官僚を使いながら政権運営をしていくのか、官僚側に使われる「役者」にとどまるのかで、高市政権の帰趨は大きく変わることであろう。

いばらの道:高市政権の今後

いいスタートを切り、史上まれに見る高支持率を獲得している高市政権であるが、今後の見通しは必ずしも明るくはない。

同じような高支持率でスタートした小泉内閣のように長続きするか、逆に、高支持率であったにも関わらず失速した鳩山政権や菅(義偉)政権のように1年持つか持たないかで潰えるのか、予断を許さない情勢である。紙幅の関係から詳述はしないが、どう見ても高市政権の打ち手には限界があるということを以下で見ていきたい。

まず、国民の最大の関心時であるインフレ対策だが、適切な政策を実施して景気を安定的に上向きにしようにも、財政支出には限界がある。減税にしても、一時金給付にしても、それぞれ岸田内閣、石破内閣で一時的な措置として発表されたが、後者に至っては不人気のあまりに高市氏自身が先般の所信表明演説で中止を明確化した。

ガソリンの暫定税率撤廃、年収の壁の引き上げなどの措置は何らか講じられていくであろうが、庶民の懐事情的には、円安などで既に吹っ飛んでしまっているレベルの効果である。

そんな中で、切り札とされる給付付き税額控除にしても、設計・システム構築などに時間を要することが確実で、その効果は現時点では見通せない。そもそも、財政規律を無視するわけにもいかず、高市総理も片山財務大臣もその旨強く言及しており、期待値ほどの大胆な拡張的財政政策を打ち出せるかは甚だ疑問である。

アベノミクスの本質は金融政策にあったと見るのが通説であるが、巷間言われ始めている「サナエノミクス・サツキノミクス」は、言葉は踊っても、大胆な金融緩和は出来ないと見るべきであろう。そもそも、日銀は利上げのタイミングを図ってる状況であるし、目下のインフレ状況で、これ以上の円安で輸入価格上昇による物価上昇を誘発することは出来ない。

上記のとおり、拡張的財政政策にしても限界があり、金融緩和もできないとなると(財政・金融政策によってインフレ対策をしようとして、逆にインフレを助長してしまっては元も子もない)、サナエノミクス・サツキノミクスの実体は何なのか、ということになる。

唯一の希望は、アベノミクスでいうところの3本目の矢の成長戦略、つまりは生産性の向上策ということになるが、これが難しい。安倍元総理も、「私のドリルで規制に穴を開ける」と息巻いてはおられたが、結局、この点に関しては、ほぼ達成できなかったというのが通説だ。解雇規制の緩和などが取りざたされてはいるが、どうなるか。

例えば高市氏は、自治体を通じた地域企業の生産性向上なども主張しているが(交付金の増額)、正直、今のままでは実現不可能に思える。自治体に、社会保障政策的な配分はできても、効率的・効果的な生産性向上のための資金分配先を見極める能力はない。

こういう手詰まり感があふれる中で、これからが官邸官僚たちの知恵の絞りどころではあるが、所得の再分配は出来ても、わが国の国力を根本から強化する方策・政策は、そもそも政治や行政に頼るだけでは無理なような気がしている。

今回の一連のアジア訪問や日米首脳会談のように、外交で点を稼ぐことはある程度は出来るかもしれないが、一時的であり、政権の支持率浮揚効果はあってもそれは本質的な改革ではない。

また、中国も韓国も、基本的には、右寄りとされる高市政権には融和的ではなく、これからの日韓・日中外交は、多少の仲良しの演出は出来ても、例えば中国の海洋進出の抑制など、外交によって劇的な得点を稼げるかというと、そう簡単ではない。

というわけで、いつもの結論にはなるが、役所を飛び出して悪戦苦闘している私自身の実感どおり、大事なのは、国民一人ひとり、企業一つひとつが、政治を横目にみて政権の動向を大いに気にかけつつも、自らがしっかりするしかない。政治への過度の期待は禁物である。

各人・各組織が、人材を作り、地域を強化し、各所各所での成長を促して日本を活性化する。政治や行政に出来るのは、基本的には分配であり、本質的成長は、各人・各地域・各企業(組織)の頑張りに依るしかない。

約2週間後の11月15日、青山社中も創業から15年となる。

人材を育て、地域を創生し、日本の各組織を強くする。

変わらぬ信念を胸に、政治を横目にしっかりと見ながら、引き続き歩んでいきたいと改めて思う。