シリア国営通信社SANAによると、シャラア暫定大統領は今月10日前後に米国を訪問する予定だ。ニュースポータル「Axios」によると、シャラア大統領はホワイトハウスで、テロ組織イスラム国(ISIS)と戦う米国主導の連合軍に正式に参加する宣言書に署名するという。

国連総会で演説するシャラア暫定大統領、2025年9月24日、シリア国営通信SANAから
シリアで半世紀以上君臨してきたアサド独裁政権が昨年12月に崩壊すると、シャラア氏が率いる反体制派勢力「シャーム解放機構(HTS)」主導の暫定政権が樹立された。シャラア氏は暫定大統領に就任した後、シリアの民主化に乗り出してきた。新政権の最大課題は国内の武装勢力の武装解除と少数宗派間の結束だ。シャラー氏は分裂した国の再統合を呼び掛け、「全ての民族、宗派は等しく公平に扱われるべきだ」と表明してきた。
ただし、少数民族間の衝突が絶えず、国内の再統合プロセスは容易ではない。例えば、ベドウィンとドゥルーズ派の間で戦いは続く。また、政権崩壊後の「力の空白」に乗じて、IS(イスラム国)やアルカイダ系組織などの過激派が再び活動を活発化させてきた。長年の内戦により発生した大規模な人道危機は依然として深刻で、現在も多くの難民が存在する。
一方、国際社会への統合プロセスは想像以上に急テンポで進められている。シャラア大統領は今年5月、トランプ大統領とサウジアラビアで初めて会談し、9月にはニューヨークで開催された国連総会の討論会の傍らで再会談している。テロ組織と指定されたHTSの指導者が2度、米大統領と会談する、といったことは以前は想像できなかったことだ。
サウジでの会談では、10年以上続いてきた米国による対シリア制裁の解除が発表され、両国関係の修復やシリアの再建への期待が示された。シャラア暫定大統領は、制裁解除を復興の「新たなスタート」と位置付けている。
米国は7月1日に大統領令に署名し、シリアへの一部制裁を解除した。シリアの暫定政権を支援し、内戦で荒廃した国土の再建を後押しするための措置だ。アサド前大統領を含む前政権の関係者や、麻薬密売、化学兵器開発などに関与する人物への制裁は維持される。米政府は、シリアを「テロ支援国家」に指定した措置の見直しについても検討中だ。
同時期、欧州連合(EU)もシリアの国家再建を後押しし、経済制裁を解除する方向へと転換した。ブリュッセルで開いた外相理事会で5月20日、シリアに対する経済制裁(銀行の国際金融ネットワークからの遮断措置、中央銀行の資産凍結など)の解除を決定した。制裁緩和と並行して人道・復興支援を強化することも決めた。シリア暫定政府のシェイバニ外相はXに「われわれは新たな歴史的快挙を成し遂げようとしている」と投稿し、「EUの制裁解除により、シリアの安全や安定、繁栄が強化されるだろう」と歓迎の意を示した。
シャラア大統領は9月の国連総会で、アサド政権崩壊後の「国際社会への復帰」を主張し、制裁の完全解除を求めた。また、議会選挙の準備など国内の改革に取り組んでいることをアピールした。ちなみに、シリアの指導者が国連で演説するのはアサド政権時代を含め1967年以来、58年ぶり。
一方、アサド前政権を支えてきたロシアとの関係も重要だ。シャラア大統領は10月15日、モスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。同会談では、過去に締結されたシリア・ロシア間の全ての合意を尊重する旨を伝えている。具体的には、ロシアが駐留を続けている西部タルトゥースの海軍基地と北西部フメイミム空軍基地の安全保障だ。シャラア氏は「ロシアとの間には二国間関係と共通の利益があり、われわれはロシアと締結した全ての合意を尊重している」と言及している
シリアの民主化プロセスは始まったばかりであり、多くの課題を抱えている。そのような中、同国の国際社会再統合は急テンポで進められてきた。シャラア大統領の訪米は米国との関係正常化だけではなく、中東全般の緊張緩和に貢献することが期待される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






