マムダニ氏の「民主社会主義」の実験

米国で4日実施されたニューヨーク市長選、ニュージャージー、バージニアの両州知事選の選挙結果について、アメリカ・カトリック大学の政治学名誉教授、ジョン・ホワイト氏は「「3つの選挙に共通するのは有権者の最大の関心は生活費を含む経済問題だったことだ」(バチカンニュース6日)と指摘した。

ゾーラン・マムダニ氏X より

ニューヨーク市長選で当選したゾーラン・マムダニ氏は選挙戦では「家賃の値上げ凍結、バス・保育の無料化、公営スーパーの運営、生活必需品・生鮮食品の価格抑制などを公約に掲げ、財源の一部は富裕層課税で賄う」と表明してきた。トランプ大統領にとって、マムダニ氏の公約は「共産主義者の証」ということになるが、生活費の高騰に悩むNY市民の多くは同氏の公約を支持したわけだ。マムダム氏に対する「共産主義者」、「民主党極左の政治家」といった懸念に対して、多くの有権者は余り関心を示さなかった。

米大統領選で共和党に大敗した民主党は2つの州知事選、そしてニューヨーク市長選を制したことから、民主党のカムバックといった声も出ている。ホワイト教授は「トランプ大統領はこの3つの選挙地では元々不人気だった、今回の選挙結果はそれを反映しただけだ」と冷静に受け取る一方、「トランプ氏の反移民政策は多くのアフリカ系アメリカ人やラテン系アメリカ人から敬遠された。大多数の有権者は、トランプ氏の移民政策は行き過ぎたと考えている」と説明。さらに、「経済政策、特にインフレ政策の失敗は民主党候補者に有利となった」と指摘した。

興味深い点は、トランプ氏は昨年11月の大統領選でインフレ対策など労働者の不満を吸収する選挙作戦を展開して勝利したように、マムダニ氏も家賃の値上げ凍結、公共運輸機関の無料化など有権者に密着した生活問題をアピールして勝利した。その意味で、両者の選挙作戦は酷似しているのだ。

ちなみに、ニューヨーク市長選で初めてイスラム系のマムダニ氏が誕生したことについて、同じイスラム系のロンドンのサディク・カーン市長は「希望が勝利した」と評価している。一方、イスラエルの右派アミハイ・シクリ・ディアスポラ・反ユダヤ主義闘争相(リクード)は5日、ニューヨーク在住のユダヤ人に対しイスラエルへの移住を促し、マムダニ氏をパレスチナのイスラム組織ハマスの支持者だと糾弾した。

ニューヨーク市はイスラエル以外では最も多くのユダヤ人(約160万人)が住んでいる都市だ。その都市のトップにイスラム系市長が選出されたわけで、ユダヤ人が警戒するのは理解できる。特に、パレスチナ自治区ガザのイスラム過激派テロ組織「ハマス」とイスラエル軍との戦闘が発生して以来、ニューヨークを含む米国各地で反イスラエル、反ユダヤ主義の言動が広がっている。トランプ氏は「マムダニ氏を支持するユダヤ人はバカ者だ」という一方、「マムダニ市長が運営するニューヨーク市に対して連邦資金を凍結する」と脅迫している。

ところで、マムダニ氏は共産主義者だろうか。本人は「民主社会主義者」と主張している。そこで両者の違いについて、ChatAIに聞いた。それによると、「民主社会主義」とは、「民主主義の枠組みの中で、社会主義的な政策を実現しようとする政治思想で、共産主義のような革命やプロレタリア独裁を否定し、議会制民主主義を通じて平等や福祉の向上を目指す。具体的な内容としては、混合経済(公有と私有の共存)、市場経済の維持、充実した社会保障制度の構築、および市民的民主主義の徹底が特徴」という。

第2次世界大戦後、冷戦下でファシズムや共産主義に反対する人々によって「民主社会主義」という言葉が普及した。かつては「社会民主主義」と同義で使われたが、現在は「社会民主主義の左派」を指すものと受け取られている。すなわち、「民主社会主義」は社会民主主義よりも左派的、あるいはより急進的な社会変革を目指す立場といえる。米国では、バーニー・サンダース上院議員のように、社会民主主義的な政策を支持する人々が自らを「民主社会主義者」と称している、といった具合だ。

民主党の問題は、サンダース氏、マムダニ氏のような民主党左派と2州知事選で勝利した候補者を含む民主党内穏健派に党内が分かれ、党として路線のコンセンサスがないことだ。

ちなみに、トランプ米大統領は9日、政権の看板政策である高関税措置の収入を財源に、高所得者を除く全ての国民に1人当たり2000ドルを配布する考えを示した。トランプ氏の2000ドル支給案は決して驚きに値しない。、低下した支持率を回復するために一種のバラマキ政策ともいえるからだ。いずれにしても、選挙の行方を左右するのは、DEI(多様性、公平性、包括性)やジェンダー思想の是非を問う文化的、哲学的論争ではなく、ホワイト教授が指摘したように、「生活費を含む経済問題」だからだ。

マムダニ氏が自身の政治信条を重視し、連邦政府との対立も辞さない強硬政策を行けば、富裕層やユダヤ人たちがニューヨークから去っていくだろう。そうなれば、市の財政も苦しくなる。来年1月に就任するマムダニ氏がどのような政治運営をするか、注目される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。