一連の高市首相の台湾問題に関する従来の枠を超えた言動に対して、中国の反発が予想どおりエスカレートしている。早急に火消ししないとチキンレースになりかねないし、日本にとって得るものは何もない。私は、発言取り消しなどで一歩引いて、臥薪嘗胆しつつ戦線を立て直す勇気を高市首相が示すべきだと勧めたい。

2025年10月31日、韓国・慶州での日中首脳会談を前に中国の習近平国家主席と握手を交わす高市早苗首相 高市首相Xより
そもそも、日中国交樹立にあたって、日本は「中国はひとつである」という原則を呑み、それは台湾も中国の領土であるべきことを意味した。ただし、軍事的な手段での併合は好ましくないし、それが行われる場合には容認するものではないという留保を暗に示唆したといったところだ。
軍事的な手段を使用しての併合といっても、さまざまな可能性がある。また、そのとき米国がどの程度、本気で阻止する気があるのか分からない。そのなかで、日本の介入がどこまで可能かは前提条件が多すぎて、その時にならないと分からない。
そこは、はっきりさせないでこそ中国への牽制になるし、議論が白熱すると平和な経済交流もできなくなるので曖昧にしてきた。それで中国も台湾も経済発展してきたし、日本もその恩恵を受けている。
ところが、存立事態についての発言は曖昧にするという賢者の知恵の蓋を開けてしまったし、APECでの台湾代表との会談をおおっぴらにSNSで宣伝したことは、その直前に会談してソフトな対応をした習近平の面子を潰した。
まったく愚かな対応である。ここは発言を取り消し、台湾との政府間交流について立場を変更する気はないと、とりあえず元のラインまで戻す方が賢明だろう。
大阪総領事のSNS投稿は中国にとって愚かである。なぜなら、高市サイドの失言に対する言い訳のたねを与えたからである。中国のこれまでの立場からすれば、高市首相の言動に対して激しく反発し、それは戦争にまで発展しかねないと警告することは確実だったし、戦争すれば戦争犯罪の追及がされるのも現代の国際法では当然だ。東京裁判は事後立法の疑いがあるとしても、現在では常識になっているからだ。
ただ、それを高市個人をテロか何かで殺害するように誤解される投稿をしたのはまったく馬鹿げていたし、日本政府が抗議するのも当然だ。ただ、全体の構図をみれば、台湾有事に日本が介入すれば中国は本気で日本と戦うぞといっただけであって、中国側としては当たり前の主張だ。ならば、日本側としてはいちおう厳しく抗議するのは当然だが、エスカレートさせるメリットなどない。
今回の状況について、BBCの記事が要点をよく押さえていた。いわく「台湾をめぐっては、アメリカも長い間、『戦略的あいまいさ』を維持している。中国が台湾を侵攻した場合に、アメリカが台湾を守るために何をするかは不明確のままにしている。このあいまいさが、何十年もの間、中国にさまざまな可能性を考えさせ、一種の抑止力となってきた。同時に、経済的な結びつきを発展させてきた」というのである。
参照リンク:【解説】 高市首相の台湾をめぐる発言、なぜ中国を怒らせたのか BBC

中国が台湾に軍事行動をとった場合に米国と日本がどう動くか分からないので、中国は「いつでも台湾は解放できる」とうそぶきつつ動かないでも面子を保てた。しかし、日本が中国を阻止するために動くと何を血迷ったのか宣言し、SNSであたかも台湾が独立国であるがごとき印象を与える画像をあえて公開したとなっては、この「戦略的あいまいさ」に基づく台湾の平和と繁栄は風前の灯火となりかねない。
外交にあいまいさは無用だとか言っている輩もいるが、恐ろしいことだ。一般のビジネスでも「政治のことはよく分かりませんが」とか「難しいことはともかくとして」といってこそチャンスは拡大するではないか。さしあたってどうでもいいことは曖昧にして無駄な労力を省くのこそ人智だ。
それから、このところ、日中国交樹立時の日本政府としての約束などを無視して議論する人が多すぎる。
1972年11月8日衆議院予算委員会での大平正芳外相による台湾の帰属に関する政府統一見解では、『この際、政府の見解を申し上げたいと思います。わが国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとの中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重するとの立場をとっております。したがって、中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます』としている。したがって、中国が台湾を併合すること自体には、日本は国益に反するとか、台湾に平和裏にでも中国軍が展開すると日本の安全が保てないなどといって反対できない。
ただし、大平外相は次のような留保を付けている。『わが国としては、この問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつ、この問題が武力紛争に発展する現実の可能性はないと考えております。なお、安保条約の運用につきましては、わが国としては、今後の日中両国間の友好関係をも念頭に置いて慎重に配慮する所存でございます』。
つまり、日本も米国も、かつて蒋介石の国民政府を唯一の中国政府として承認していたし、蒋介石は「大陸光復」をスローガンにしていたが、これを日本も米国も支持しなかった。それと同じように、中国による台湾武力解放は好ましくないという立場である。
それなら、どういう条件なら平和的な統合がありうるのか。頭の体操としていえば、中国で自由選挙が保証され、かつ台湾の自治についての原則で合意に達したら、というようなことかもしれない。あるいは、台湾の地位を独立国家ではないが国際法における例外的な存在として国際的な枠組みで保証する可能性もありうる。もちろん、ソ連解体のように多民族国家としての中国という存在が維持できなくなって、その一環として独立などという可能性もないわけではないが、まあ可能性は少ない。
一方、中国がとくに何もないのに、米国が隙を見せたのに乗じて武力解放を強行することもありえないわけではないが、可能性は低い。
むしろありうるのは、台湾で中国と対峙する重荷に耐えかねて政治が混乱し、そこに中国が介入するというパターンかもしれない。
そのときに、日本が米国と関係なく単独で介入することは考えにくいから、まずは米国次第になる。米軍が沖縄など日本国内の基地を利用することや、日本がそれを容認し後方支援することまでは、日中国交樹立時から中国も想定しているはずだ。ただし、想定しているからといって中国がだまって容認することはないだろうし、それで日本に攻撃を加えたら自衛隊の参戦を招くことも理解しているだろう。
また、米国が中国の行動を阻止するために軍事行動をしたときに、日本が従属的に行動をともにすることもありうる。
しかし、どういうときにどうするということについて、日本政府がヒントを与えることは、よほど慎重であった方がよい。それを語るなら、中国も黙って見ていられなくなるからである。今回の高市発言は、その「やめた方がいいところ」に一歩踏み込んでしまった。
もちろん、これまで政治家が部分的に語ったことは、引退後の安倍発言も含めてあった。ただ、それが総理の口から出ては意味が違う。その意味で、ここは少し戦略的に後退した方が、結局いちばんリスクは小さいと思うのだ。
■
【関連記事】








