「中国と台湾の戦艦の交戦」が存立危機事態なんて誰が言ったの? --- 田中 奏歌

1. 高市総理の発言報道に対する疑問

日曜放送の「そこまで言って委員会」で、維新の創設者が維新所属のある議員に対し、今回の存立危機事態について質問した。

創設者は、事態を定義する「攻撃されるおそれのある、我が国と密接な関係にある他国」とはどの国を指すのかと問い、議員が「台湾だ」と答えると、「だから日本の議員は勉強不足だ。台湾は日本が承認していないため国とは認められず、存立危機事態の対象にはならない」と指摘したうえで、「日本が対抗できる力もない中で、不用意な発言はまずいだろう」といった趣旨の批判を述べていた。

確かに国際法上は日本は台湾を国家として承認していないので残念ながら「地域」だなあ、と思いながらも、何かしっくりこなかった。高市総理は予算委員会でそんなことを言っていたっけ?と気になった。

その夜のミヤネ屋でも高市総理が「戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」と言っている映像を流していた。

多くの報道は、ミヤネ屋と同じ映像を使い、または、書き起こし、報道している。つまり、中台が交戦すれば存立危機事態になると高市総理が言った、と解釈できる報道をしているのだ。

で、気になったので調べてみると、やはり、とんでもない、フェイクとでもいえるような報道だとわかった。ちゃんと予算委員会の答弁を見れば総理はそんなふうには言っていない。これは、かなり悪質な切り取りである。

もし高市総理の発言が、国民がきちんと理解できるような報道をしていたら、彼女もここまで非難されず、中国もここまで硬化しなかったかもしれないし、中国の態度はどうあれ中国の言い分を突っぱねることができたかもしれない。

2. 高市総理は予算委員会で何と言っていたか

少し長くなるが、予算委員会の答弁を書き起こした(録画を見てメモったので、若干の間違いはお許し願いたい(カッコ内は私の補足である)。

岡田議員「どういう場合に存立危機事態になるかお聞きしたいのですが」

高市総理「集団的自衛権の行使一般を認めるものではなく~他国に、台湾でしたら他の地域というふうに申し上げたほうがいいのか知れませんが~台湾に対して武力攻撃が発生する。海峡封鎖というのもこれ戦艦で行い、そして他の手段を合わせて対応した場合には武力行使が生じうる、話でございます。例えば海上封鎖を解くために、米軍が来援する。そしてそれを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、そういった事態も想定されるわけで、その時に政府としてすべての状況を総合し判断しなければならないと思っています。これが、単に民間の船を並べそこを通りにくくする、といったことは存立危機事態には当たらないと思うが、実際にこれがいわゆる(米中)戦争という状況の中での海上封鎖であり、またドローンもとび、いろんな状況が起きた場合は、また別の見方ができると考えます。」

そのあとやりとりがあり、ミヤネ屋でも放送された発言がある。

さあ、どうだろう。高市総理は台湾が中国と戦闘になった時に存立危機事態が発生するとは言っておらず、支援に駆けつけた米軍が攻撃されて米中戦争になった時に「存立危機事態」が発生する可能性がある(発言では「判断しなければならない」)、と言っているのである。しかも、「すべての状態を判断し」とまで言っている。その前提の中で続いてミヤネ屋のような発言があったのである。つまり冒頭のミヤネ屋の発言は「(アメリカと中国が)戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」と、カッコ内を補足して報道すべきものである。

高市総理は、「我が国と密接な関係にある他国」をアメリカと認識した上で、米軍への攻撃に際して存立危機事態の判断をしなければならない、と従来の政府見解を述べているのに、報道では中国と台湾との戦闘で「存立危機事態」が発生すると一歩踏み出して述べているとしか見えない、読めない。

これが切り取りでなくてなんなのだろう。フェイクニュースといってもいいだろう。

※ 日経新聞は、いちおう、米軍との戦闘について書いてはいたが、その論調は「台湾が武力攻撃を受けた場合は~”存立危機事態”にあたる~と明言」というものである。

日本国民にとって、中国に台湾が攻撃されたら自衛隊が出動するというのと、台湾を救うための米軍が攻撃されたら、米軍支援のために自衛隊が出動するというのは天と地ほどの差がある。

正確に理解すれば、国民の理解も180度違うだろうし、国民世論が変われば、今後の対中国との態度も変わるかもしれない(中国の態度は変わるとは思えないが)。少なくとも国内向けには、いくら高市総理が嫌いでも、マスコミは訂正すべきであろう。

3. この切り取り報道が引き起こす問題

中国は台湾を自分のものにしたいのだから、彼らがどう考えるか、というより、日本国民がどうとらえ、どう考えるかの方が問題である。

いまさら、高市総理は、この悪質な報道に対して、「これは実は・・・」なんて言うべきではないし言える立場ではない、総理が公式に訂正すると、「アメリカが出てこなければ日本は何もしない」という、危険な発信となってしまうからである。

岡田議員の「存立危機事態」の定義の質問で「アメリカが攻撃された時に」と答えているのに「台湾が中国に攻撃された時に」としか解釈できない報道は、「台湾有事の時にアメリカ参戦前でも、存立危機事態の定義を変え、日本国民は単独でも中国に立ち向かうんだ、高市政権は危険だ」と国民を煽り、騙していることになる。

その結果、「危険な総理」「未熟な総理」などとのまさに悪質なレッテル貼りが生じてしまった(アゴラの記事の中でもそういう理解の方が多いようだ)。

しかも、もし大阪の領事がマスコミから情報を得ていて、高市総理の真意をマスコミの言うように誤解してあの馬鹿な発言になったのなら、ひょっとしたら、正しく報道されていれば、あそこまで馬鹿な発言ではなかったかもしれない。そうであれば、今回の中国の対応について、高市総理に執拗に不毛な質問をしまくった議員より、今回のマスコミ報道は責任が大きいといえる。

官邸が訂正しないことを承知しているのか、マスコミはそのまま報道し煽っているが、日本国中、一部の国会議員も含めて誤解しまくっている現状を見れば、少なくともマスコミ自身は誤報を訂正するべきである。

もし、正しく報道しようがしまいが、どっちでも発言の意味は同じだ、と強弁するなら、悪質な切り取りではなく正しく報道すればよかった。テレビは時間が限られるとはいえキャプションは可能だし、制約の少ない紙やネットの媒体でも米軍のことを省いて報道するのは、本来の意味をわざと変えるためとしか思えない。

実は、自民党のニュースですら「個別具体的な事態の状況に応じて、政府が総合的に判断するとしたうえで、”武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得る”との認識を示しました。」と伝えている。

この自民党のニュースですら同じレベルということは、官邸のコントロールがきいていないことのあらわれかもしれないし、高市総理は忙しくてそこまで気が回らないか、その後の中国の反応を見て、わざとそのまま出稿させているのかもしれない。

昨今の中国の動きは今までのような、あたらずさわらずということではダメで、日本の意思を示した方が抑止力が効く、と官邸が考えているとしたらあり得る話である。いずれにせよ総理はこの自民党のニュースも修正はしないであろう。

とはいえ少なくとも、マスコミのこんな報道は許してはいけない。

田中 奏歌
某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て、現在は隠居生活。