日本のメディア報道を見ていると、時たま首を傾げたくなることがある。今回の日中間の衝突だ。日中間が険悪化しているが、その最初の契機は少なくとも日本人にとって中国の大阪総領事の暴言だ。高市早苗首相は7日、衆院予算委員会で立憲民主党の岡田克也元幹事長の執拗な質問に答え、台湾有事について「(中国が台湾を)北京政府の支配下に置くためにどういう手段を使うか、いろんなケースが考えられる」と指摘した上で「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答弁した。台湾と日本最西端の沖縄県・与那国島との距離は約110㌔しかなく、日本の存立が脅かされる事態であることは間違いない。首相の答弁は妥当なものだ。それを左派メディアは高市首相発言を歪曲し、あたかも高市首相発言こそ問題の主因だ、といった風に報道している。

ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場、2025年11月23日撮影
日中間に緊張が走ったのは中国の薛剣駐大阪総領事(57)が「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と自身のXに投稿したことからだ。外交官が駐在国の首相を暗殺するぞ、といって脅迫したのだから、大多数の日本国民は薛剣氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」に指定して国外退去を命じるべきだと考えるのも当然だろう。総領事の暴言がなければ、高市首相の発言だけで問題が大きくなることはなかったのではないか。
ところが、日本の左派メディアの焦点は、高市首相の「台湾の有事は存立危機事態になりえる」という極めて当然な発言を歪曲し、あたかも日中関係の険悪化の責任は高市首相にある、というように急展開していく。それに鼓舞されるように、中国は連日、首相の発言への反発として様々な制裁を実施し、メディアは中国側の反応を丹念にフォローして報道してきた。そして両国関係に石を投じた中国の総領事の発言はいつの間にか忘れ去られていく。
読者が最も知りたいことは、なぜ北京政府がこの時期に高市首相の発言を問題視し、総動員で高市首相批判を展開するのか、といった中国共産党政権の台所事情についてだ。日本の左派メディアは中国の国営メディアのように高市首相批判に奔走する。この状況はどう見ても普通ではない。本来、日本のメディアは中国の戦狼外交を問題視し、中国の外交姿勢を批判すべきだろう。
もう一つ左派メディアの焦点ぼかしがある。安倍晋三元首相を手製銃で殺害したとして、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判の初公判が先月28日から奈良地裁で開かれている。同暗殺事件でも左派メディアは山上被告の供述をあたかも事件の全容解明の核心であるかのように報道してきた。
「元首相の暗殺」は国家レベルの大事件だ。メディアは本来、その暗殺の経路を追及すべきだが、もっぱら被告の母親の高額献金、旧統一教会の政治、社会的影響問題に焦点を当ててきた(旧統一教会は犯行数年前に既に高額献金の半分ほどを返金済みだ)。そして元首相暗殺事件に絡む政治・外交情勢、山上被告と事件直前に接触していた左派活動家との関係などをスルーしている。メディアは、失われた2発目の弾丸はどこに消えたか、司法解剖医と犯行現場で安倍氏を診断した医者との間の死因の違いは、そしてなぜ公判が開始されるまでに3年3か月もかかったのか、等々について説明責任をぼかしているのだ。
左派メディアの焦点は明らかだ。山上被告の生い立ちを大げさに報道し、共産主義を厳しく批判してきた旧統一教会叩きに邁進していったわけだ。安倍元首相の暗殺者は山上被告であり、旧統一教会ではない。にもかかわらず、左派メディアは左派弁護士たちの助けを得て、山上被告の暗殺の責任は旧統一教会の高額献金にある、という論理を展開してきた。だから、左派メディアの中からは、山上被告の情状酌量を支持する論調すら飛び出してくるのだ。はっきりしている点は、山上被告にどのような個人的事情があるとしても、その犯行は許されないことだ。
ところで、メディアは被害者と加害者を逆転して報じる傾向がある。イスラエル軍とイスラム教過激派テロ組織「ハマス」との戦闘の直接の契機は、ハマスが2023年10月7日、イスラエル領に侵攻し、1200人のイスラエル国民を殺害し、250人以上の人質を取った「奇襲テロ」だったが、戦闘が進むのにつれてメディアは激しい軍事攻勢を展開するイスラエル軍への批判を高め、ハマスの「奇襲テロ」を忘れていった。ウクライナ戦争ではロシア軍がウクライナに侵攻したのであって、逆ではないが、戦争が長期化するのにつれてメディアの中にはウクライナ批判の声が出てくる、といった有様だ。
ちなみに、新聞、テレビ、雑誌といった伝統的なマスメディアは最近、オールドメディアと呼ばれ、インターネットやSNSの「ニューメディア」と対比される。特に、情報の信頼性が問われてきた新聞はそろそろ賞味期限が到来したのかもしれない。

安倍晋三元首相と高市早苗首相 自民党HPより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






