
トランプ大統領との電話会談について会見する高市首相
首相官邸HPより
24日夜に行われたトランプ大統領と習近平国家主席の電話会談内容に関し、中国国営メディア『新華社』が以下の短い記事2本を配信したと、会談終了直後の23時までに中国共産党中央委員会機関紙の人民日報系の英字メディア『環球時報』が報じている。
- 習近平主席、トランプ大統領に台湾の中国返還は戦後国際秩序の重要な一部だと語る(新華社 2025年11月24日午後10時46分)
- 習近平主席、中国と米国は第二次世界大戦の勝利の成果を共同で守るべきと発言(新華社 2025年11月24日午後11時)
また25日午前1時57分の記事では、トランプ氏の発言を『新華社』が以下のよう伝えたと報じた。これを読む限り、トランプ氏は従来からの台湾に対する米国の立場を述べたようである。
トランプ大統領は、第二次世界大戦の勝利に中国は大きく貢献したと述べ、米国は台湾問題が中国にとっていかに重要であるかを理解していると強調した。
これらの記事で日本(と台湾)が最も注目すべきは、習氏が「台湾の中国返還は戦後国際秩序の重要な一部だ」と述べたことだ。管見の限りだが、戦中戦後を通じて「台湾の中国返還」が公然と言及されたのは43年12月1日にカイロに集った米英中の首脳による「カイロ宣言」だけではなかろうか。
1942年1月に発した「連合国共同宣言」に署名した主要国である米国、英国そして中国国府のトップが対日戦遂行策を協議した後に発表された「カイロ宣言」で、三首脳は以下のように声明した(「内閣府HP」。句点、ルビ、太字は筆者)。
ローズヴェルト大統領、蒋介石大元帥及チャーチル総理大臣は各自の軍事顧問及外交顧問と共に北アフリカに於て会議を終了し左の一般的声明を発せられたり。各軍事使節は日本国に対する将来の軍事行動を協定せり。三大同盟国は、海路、陸路及空路に依り其の野蛮なる敵国に対し仮借なき弾圧を加ふるの決意を表明せり。右弾圧は既に増大しつつあり。三大同盟国は日本国の侵略を制止し且之を罰する為今次の戦争を為しつつあるものなり。右同盟国は自国の為に何等の利得をも欲求するものに非ず又領土拡張の何等の念をも有するものに非ず。右同盟国の目的は日本国より1914年の第一次世界戦争の開始以後に於て日本国が奪取し又は占領したる太平洋に於ける一切の島嶼を剥奪すること並に満洲、台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還することに在り。日本国は又暴力及貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域より駆逐せらるべし。前記三大国は朝鮮の人民の奴隷状態に留意し、軈(やが)て朝鮮を自由且独立のものたらしむるの決意を有す。右の目的を以て右三同盟国は同盟諸国中日本国と交戦中なる諸国と協調 し、日本国の無条件降伏を齎すに必要なる重大且長期の行動を続行すべし。
22日の『日経』は「『一つの中国』日本は認めている? 解釈の違い、日中対立の根底に」との見出し記事の中で「カイロ宣言」に触れ、日本が日中共同声明で堅持するとした「ポツダム宣言第8条」に「カイロ宣言の条項を履行されるべく」とあるなどと記した。
今や多くの日本人は、日中共同声明で日本は「台湾が中国の領土の不可分の一部」とする中国の立場を、「十分理解し、尊重する」としたに過ぎず、「台湾を中国の領土と認めた訳ではない」と理解している。が、「カイロ宣言」にまで遡るとその論拠は少々心許ないものになる。
「カイロ宣言」の有効性についてはこれまで様々な主張がある。『日経』記事も、「カイロ宣言」の「中華民国」は「中華人民共和国」に読み替えるべきだとする識者の声を載せている。その一方、台湾民進党の陳水扁元総統は08年3月、英国紙『Financial Times』のインタビューでこう述べて、その有効性を否定した。
時間と日付が記されておらず、蒋介石、チャーチル、ルーズベルトの3首脳のいずれも署名がなく、事後による追認もなく、授権もない。これはそもそもコミュニケではなく、プレスリリース、声明書に過ぎないのだ。
こんなに重要な文書が英国の国家ファイルでも原本が見つからない。歴史は歪曲、改竄されることはよくあることで、以前われわれが学んだ歴史の中の「カイロ宣言」の部分は、完全にだまされていたのであり、これはきわめて厳粛な問題である。
では、我が国政府が現在、「カイロ宣言」をどう捉えているのかといえば、15年6月の緒方林太郎衆議院議員の「歴史認識」に関する質問主意書に対する安倍内閣の答弁書に、その答えがある(※は筆者)。
カイロ宣言は、我が国は当事者ではないが、連合国による政策の宣言であり、ポツダム宣言第八項には「「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク」とあると承知している。 <中略> 降伏文書は、我が国がポツダム宣言の受諾を確認したものであり、政府としては、同(※ ポツダム)宣言は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)により、連合国との間で戦争状態が終結されるまでの間、連合国による我が国に対する占領管理の原則であったと認識している。
実に巧みな言い回しだが、要すれば「カイロ宣言の条項の履行」を含む「ポツダム宣言」そのものが、我が国と連合国との戦争状態が「サンフランシスコ平和条約」によって終結されるまでの間の「占領管理の原則」だったのだから、平和条約締結後には両方の宣言ともに、「事実上、死文化している」と述べているのである。
それもその通りだが、そもそも筆者は、台湾は日清戦争に勝利した結果、「下関条約」によって「清国から日本に合法的に割譲された」のである。だのに「日本国が清国人より盗取した」だのと、歴史を歪曲する物言いをしていること自体を以て、「カイロ宣言」の正統性がないとずっと考えてきた。
が、事を複雑にしているのが台湾なのである。陳水扁発言を否定する格好で、馬英九国民党政権下の台湾外交部が14年1月21日、「『カイロ宣言』は法的実質拘束力のある条約協定である」との法的位置付けを発表したのだ。
蒋介石の「大陸反攻」を墨守してか、「92年合意」にいう「一つの中国」を、「大陸は台湾の一部」と解する国民党ならではの物言いだ。が、李登輝閣下がかつて述べたように、43年12月当時の中華民国と49年10月に成立した中華人民共和国が「二つの国家、少なくとも二つの国家間の特別な関係」であることを併せて主張しなければ、つまり「大陸反攻」の旗を明確に降ろさなければ、「92年合意」の理解と矛盾する。馬英九氏のこうした姿勢は、北京に与するものでしかない。
斯様に、「カイロ宣言」が対象国たる日本、そして目下の民進党政権下の台湾にとって「死文化している」といっているだけで済まされないのは、日本(及び独・尹・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・フィンランドなど)にとっての「敵国条項」と同じように、喉に刺さった棘だからである。
それが証拠に、今般の「高市答弁」に関連して在日中国大使館が21日、安保理の「許可を要することなく、直接軍事行動を取る権利を有すると規定している」と、国連憲章の「敵国条項」に言及する投稿をXにしているではないか。
我が外務省も「死文化した規定がいまだ有効であるかのような発信は、国連において既に行われた判断と相いれない」と反論した。が、「死文」の意味が「条文だけがあって、実際の効力を失った法令や規則」(デジタル大辞泉)である以上、有名無実といえども残った条文が斯く情報戦に利用されるのである。
事実はどうかといえば、これも09年の衆議院における質問主意書に対する答弁書にこう書いてある。
我が国としては、平成十七年九月の国際連合首脳会合成果文書において、国際連合憲章第五十三条、第七十七条及び第百七条における「敵国」への言及を削除することを決意する旨記述されたことも踏まえ、国際連合安全保障理事会改革を含む国際連合改革の動向など、国際連合憲章の改正を必要とし得る他の事情も勘案しつつ、適当な機会をとらえ、国際連合憲章第五十三条、第七十七条及び第百七条における「敵国」への言及の削除を求めていく考えである。
つまり、95年の国連総会で一部の棄権を除き、反対国のない大多数の賛成によって「敵国条項」削除の決議はされたものの、当該条文は未だ削除されずに残っているのである。その理由は国連憲章の改正に必要な加盟国の3分の2の批准が今もって未完であるからだ(前記の「質問主意書」)。
そこで筆者が提案するのは、高市政権はこの際、「カイロ宣言」と国連憲章の「敵国条項」が既に「死文化している」と主張するだけではなく、それぞれについて、名実ともに消滅させる取り組みを早急に実行するべきであるということ。
先ず「カイロ宣言」は、その宣言を発した当事国である米国、英国、そして中華民国(台湾)に働きかけて、「無効」とすることを「宣言」させれば済むのではなかろうか。台湾については、前述の国民党馬英九のとった行動を見るにつけ、民進党頼清徳政権の間に事を進める必要があろう。
「敵国条項」については95年に中ソも削除に賛成した。我が国政府は、「死文化したとはいえ、この旧敵国条項の削除を求めていくべき」(13年3月28日衆院会議録)と唱えるだけでなく、国連総会に国連憲章第53条、第107条及び第77条当該部分を削除する改正案を提出すべきだ。削除はソ連との北方領土交渉にも資する。






