ウクライナ戦争の和平交渉が始まると、ロシア軍のウクライナ攻撃がきまって激化し、ゼレンスキー政権の汚職問題などのスキャンダルが表面化する。これらの一連の動きは一見繋がりがないようにみえるが、ウクライナ側の交渉ポジションの弱体化を狙ったロシアのプーチン大統領の戦略が見え隠れする。

ウクライナ国民に団結を呼びかけるゼレンスキー大統領、2025年11月28日、ウクライナ大統領府公式サイトから
ゼレンスキー大統領に最も影響力のある側近、ウクライナ大統領府長官アンドリー・イェルマーク氏(54)は28日、汚職容疑で家宅捜索が行われたことを受け、ゼレンスキー大統領に辞職願を提出し、受け取られた。イェルマーク氏はスイスのジュネーブで開催されたマルコ・ルビオ米国務長官と和平案交渉でウクライナ側の交渉団長を務めてきた人物だ。
元弁護士のイェルマーク氏は、ウクライナで人事から外交まで発言力を有するナンバー2とみなされてきた。最側近のイェルマーク氏の辞任はゼレンスキー氏にとって大きな政治的ダメージとなることは必至だ。
イェルマーク氏への容疑は国営原子力発電所運営会社エネルゴアトムをはじめとする国営エネルギー企業に関連する、エネルギー分野における数百万ドル規模の贈賄問題だ。エネルギー分野の汚職では、これまでスビトラーナ・フリンチュク・エネルギー相らが解任され、複数の逮捕者が出ている。
ウクライナの国家汚職対策局(NABU)と汚職対策検察庁(SAP)は、28日にイェルマーク氏の家宅捜索を実施したことを認めた。
汚職スキャンダルではまた、ルステム・ウミエロフ元国防相が最近、汚職捜査当局から召喚された。43歳のウミエロフ氏は、ロシアおよび米国との交渉でウクライナ政府の主要な交渉担当者の一人だった。
汚職事件の主犯はゼレンスキー大統領の親友でもあったティムール・ミンディッチ氏という。ミンディッチ氏は大統領との友好関係を私腹を肥やすために利用したという。実業家のオレクサンドル・ズッカーマン氏も容疑者として告発されている。イスラエル国籍も持つ両氏は既にウクライナを出国、警察の指名手配を受けている。
ウクライナ内の汚職問題は今始まったわけではないが、ゼレンスキー氏の最側近イェルマーク氏の汚職容疑がここにきて表面化し、同氏の辞任となったのは決して偶然ではないだろう。
ところで、ルビオ米国務長官とロシアのラブロフ外相は10月20日、電話会談し、ブタペストで開催予定だった米ロ首脳会談が中止となった。その直後、米財務省は同月22日、ウクライナへの軍事攻撃を止めないロシアに対し、ロシア石油大手のルクオイルとロスネフチ、およびそれらの子会社約30社に対して新たに大規模な制裁を科すと発表した。トランプ政権は対ロシアに対し再び強硬政策に戻ったと受け取られた。
しかし、米ロ外相電話会談に先立ち、米特使のウィトコフ氏はプーチン大統領補佐官のウシャコフ氏と会談し、和平案の作成に乗り出していたことが明らかになった。そしてクレムリン特使のドミトリエフ氏とウィトコフ氏は10月末、ウクライナ紛争終結に向けマイアミで秘密裏に協議を重ね、28項目からなる和平案について詳細に協議している。
すなわち、トランプ政権下では、ルビオ国務長官らの対ロ強硬路線と、ウィトコフ氏らの親ロ派の融和政策が同時進行中だというわけだ。どちらが最終的に主導権を握るかは現時点では不明だ。
ちなみに、米ブルームバーク通信によると、28項目和平案は米国の作成ではなく、ロシア側が作成し、それを米国作成という形で発表する運びだったという。
28項目の和平案が余りにもロシア寄りとして、ドイツ、フランス、英国ら欧州代表国がスイスで米国、ウクライナ代表団と協議した。その結果、和平案は19項目にまとめられた経緯がある。領土の割譲問題は米ウ首脳会談で煮詰めるという。
今後の外交日程をみると、来週明けにもウクライナのウメロフ国家安全保障・国防会議書記らが米南部フロリダ州でウィトコフ特使らと会談する予定だ。そしてウィトコフ氏はその直後、ロシアのプーチン大統領とモスクワで会談する運びとなっているという。
ロシアのプーチン大統領が27日、「交戦が続く東部ドンバス地域からウクライナ軍の撤退を強く要求する。撤退しなければ、武力で獲得する」と強調し、米国とウクライナ間で協議されている和平案に対しては拒絶の姿勢を示した。
首都キーウでは28日夜から29日早朝にかけ、ロシア軍の激しいドローン攻撃を受け、2人が死亡、20人以上が負傷した。爆発音は一晩中聞こえ、空襲警報は9時間以上鳴り響いた。ウクライナのシビハ外相は「世界が紛争の和平案を議論している間、モスクワは殺戮と破壊を続けている」と非難した。
なお、ゼレンスキー大統領は28日夜、国民に向けて演説し、「ロシアはウクライナが過ちを犯すことを望んでいる。しかし、私たちは過ちを犯さない。私たちの闘いは続く。もし私たちが団結を失えば、私たち自身、ウクライナ、そして私たちの未来、全てを失う危険がある。私たちは共に立ち向かわなければならない」と述べている(ウクライナ大統領府公式サイト)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






