英国で高まる反ユダヤ感情:マンチェスターでのユダヤ住民の殺傷事件を振り返る

パレスチナ紛争が続くなか、英国では反ユダヤ感情が高まっています。

「まさか自分の住む街で事件が起きるはずがない」——誰もがそう思っていたはずです。その予想が裏切られたのが、10月2日のことでした。

英中部マンチェスターにあるユダヤ教の礼拝所(シナゴーグ)前でテロ事件が発生したのです。シリア系英国人の男性が車で突入し、刃物でその場にいた礼拝者を襲いました。駆け付けた警察に射殺された実行犯のほかに2人が死亡し、3人が重傷を負いました。

警察は男性が「過激派イスラム主義思想」に影響を受けていたと指摘しています。

11月末時点で、7人が逮捕されています。

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10月2日は「贖罪の日」だった

10月2日はユダヤ教の最も重要な祭日「ヨム・キプール」(贖罪の日)にあたります。キア・スターマー英首相はビデオ演説で「卑劣な人物が、ユダヤ人(JewishPeople)であるという理由だけで人々を襲うテロ攻撃を起こした。高まる憎悪を打ち破らなければならない」と事件を非難しました。

警備員が常駐していた

事件を警察に通報したのはボランティア警備員でした。シナゴーグやユダヤ人学校などではボランティアや民間警備員による安全確保が必須となっているのです。追悼式に出たあるユダヤ人男性は「いつかはこんなことが起きると思っていた。まさかすぐ近くで起きるとは思わなかったが」とBBCに語っています。

イスラエル軍の攻撃が続くパレスチナ自治区ガザでは、人道危機が深刻化しています。

一連の攻撃は2023年10月7日、ガザを支配するイスラム組織ハマスによる、イスラエルに対するテロへの報復として始まったのですが、連日報道されるガザの惨状は目を覆いたくなるほどで、それと連動するように英国ではユダヤ人コミュニティーに対する攻撃が記録的に増加していきました。

ユダヤ人コミュニティーの保護を目的とした慈善組織「コミュニティー・セキュリティ・トラスト」(CST)によると、英国で今年前半に確認された反ユダヤ主義関連の事件は1521件に上り、同期比で過去最多だった24年前半に次ぐ多さとなりました。そのうち51%がイスラエルやハマスによる攻撃、ガザ戦争に関連しています。

ユダヤ人の英国への到来は11世紀から

現在、英国に住むユダヤ教徒あるいは社会調査で自分をユダヤ人とする人の総数は約31万3000人です。

ユダヤ人の最初の到来は11世紀、ノルマン朝のウィリアム征服王が仏ノルマンディー地方から商人や金融業者としてユダヤ人をイングランドに呼び寄せたことに始まりますが、12世紀後半から反ユダヤ感情が高まります。

宗教的対立、経済競争、ユダヤ人が商業や金融業で重要な役割を担うことで生じた社会的緊張が背景にありました。このため、同世紀末、ユダヤ人はイングランドから追放されましたが、17世紀に再び入国が許され、18世紀には商業・金融業で活躍するようになります。

19世紀には英国で「法的平等」を勝ち取りました。これは宗教や出自に関係なく法律の下で平等に扱われ、政治参加の権利も認められることを意味します。この流れで初のユダヤ人下院議員も誕生しました。

同世紀末、ロシア帝国での迫害を逃れて東欧からのユダヤ人移民が急増し、1930〜40年代にはナチス・ドイツの迫害から逃れたユダヤ難民が多数流入しました。

ハロルド・ピンターも

戦後、多くのユダヤ人は英国社会に定着し、幅広い分野で活躍しています。著名なユダヤ人としてマークス&スペンサーの創業者マイケル・マークス、ノーベル賞文学賞受賞作家のハロルド・ピンター、労働党のエド・ミリバンド議員などがいます。

リボンが切り取られた

10月上旬、ロンドン北部のマズウェル・ヒルにあるシナゴーグ近くで、女性が黄色いリボンを切り取る様子を撮影した動画が公開されました。黄色いリボンは、ハマスに拉致されたイスラエル人人質の帰還を願う象徴として設置されたものです。

女性は撮影者に向かって「私は何も悪くない」「大量虐殺を支持するほうが問題だ」と話しました。ガザ情勢をめぐる政治的な意思表示とも言えますが、日々不安と向き合うユダヤ市民にとって、胸をえぐられるような行為です。

「もし自分が標的だったら?」そんな想像だけで足がすくむような恐怖。今まさに、それを感じている人々がいます。

現在も反ユダヤ感情は依然として存在しています。全ての人が安心して生活できるよう、私たち一人一人が偏見や差別に加担しないことが求められています。

キーワード:JewishPeople(ユダヤ人)

社会調査などで自らをユダヤ人と認識する人、あるいはユダヤ教徒。シンクタンク「IJPR」によると、英国には約31万3000人が住む。現在は自分をユダヤ人と認識していないが、ユダヤ人の親を持つ人を含むと約35万人。イスラエルの「帰還法」によると、祖父母のうち1人がユダヤ人であれば、イスラエル市民権を申請可能。

※「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラムに補足しました。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年12月3日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。