欧州はトランプ政権と意思疎通を図れ

欧州諸国が米国のトランプ政権に対して批判的であり、時には不信感を有していることは良く知られていることだ。欧州とウクライナが参加しない交渉テーブルでロシアのプーチン大統領とウクライナの和平問題を協議する米国に対して、欧州首脳が不信感を吐露していた電話会合の内容がリークされたばかりだ。

プーチン大統領と米代表との会合、2025年12月2日、モスクワで、クレムリン公式サイトから

独週刊誌シュピーゲルのオンラインは4日、ドイツ・フランス、英国、フィンランドらの欧州首脳たちがウクライナのゼレンスキー大統領と緊急電話会談を行い、米国が提案している和平案に対しての対応について協議した電話会談の内容を報道した。それによると、ドイツのメルツ首相やフランスのマクロン大統領はロシアと和平交渉する米国代表、特に、スティーブ・ウィトコフ米特使に対して強い不信感を表明していたというのだ。

この電話会談は、米国のウィトコフ特使とトランプ米大統領の娘婿のジャレッド・クシュナー氏が2日、モスクワでプーチン大統領と会談する前に行われたという。

シュピーゲル誌によると、マクロン仏大統領は「安全の保証が明確でないまま、領土問題で米国がウクライナと欧州を裏切る可能性がある」と述べたという。また、メルツ独首相はゼレンスキー大統領に対し、米国の交渉担当者について「彼らはあなたと我々の両方を相手にゲームをしている。今後数日間、極めて慎重に行動しなければならない」と助言している。

また、フィンランドのアレクサンダー・ストゥブ大統領は同じように米国の交渉担当者らに警告を発し、北大西洋条約機構(NATO)のマルク・ルッテ事務総長もこれに同意し、「我々はゼレンスキー氏を守らなければならない」と述べた、というのだ。

ドイツ政府は、「シュピーゲル誌」の電話会議の中で参加者2人の発言内容は正確だと認めたが、会話の機密性を理由に、個々の発言については確認を拒否している。

欧州から不信感をもたれているウィトコフ米特使はプロの外交官ではなく、不動産投資家の億万長者だ。ロシアとの緊密な関係を指摘され、共和党員からも批判されている。ウィトコフ氏はプーチン大統領を非常に好意的に評価している人物だ。米代表のもう一人、クシュナー氏は第1次トランプ政権で大統領上級顧問を務めた。第2次政権では公式の地位はないが、中東和平交渉では外交アドバイザーの役割を果たしている。

クレムリン特使のキリル・ドミトリエフ氏とウィトコフ氏は10月末、ウクライナ紛争終結に向けマイアミで秘密裏に協議を重ね、28項目からなる和平案を作成したが、欧州諸国とウクライナは、同和平案がロシア寄り過ぎるとして、その修正を要求してきた。報道によると、この計画はウィトコフ氏とプーチン大統領の側近であるドミトリエフ氏によって策定されたものという。米国側が一応、その修正要求に同意したことで、欧州側も前向きな兆候と受け止めてきた矢先だ。

なお、欧州が米ロ間の和平交渉に不信感を有しているという情報に対し、ロシアの首席交渉担当者ドミトリエフ氏はXプラットフォームで「メルツさん、あなたはゲームに参加すらしていません」、「あなた方は、好戦的な行動、平和の破壊、非現実的な提案、西洋文明の自滅、移民、頑固な愚かさによって自ら資格を失った」と嘲笑している。

ちなみに、プーチン大統領は、西側諸国がウクライナをロシアに対する戦争の手段として利用していると繰り返し主張してきた。

欧州には冷戦時代からロシアに対しての不信感が強い。理由はある。例えば、「ブタペスト覚書」だ。1994年12月5日、ブタペストで開催された欧州安全保障協力機構の会議で、米国、ロシア、英国の3カ国は、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンが核不拡散条約に加盟したことを受け、3カ国の安全を保障する覚書に署名した。これは「ブタペスト覚書」と呼ばれている。

問題はその覚書の内容が後日、ロシア側から反故されてきたことだ。ロシアは2014年、クリミア半島に侵攻し、半島を併合した。22年2月末にはウクライナに侵攻し、今日まで戦闘を続けている。「第2のブタペスト覚書は御免だ」というのがウクライナを含む西側諸国の偽りのないところだ。

欧州諸国には今回、ロシアと和平交渉の調停をする米国に対しても不信感が高まっている。もちろん、理由はある。米特使がロシアでも不動産業の案件を持ち、トランプ大統領の娘婿クシュナー氏も投資会社アフィニティ・パートナーズ(Affinity Partners)を経営している実業家だ。ロシアとの交渉ではウクライナの主権保持より経済的利権が優先されるのではないか、といった懸念が払拭できないからだ。

ドイツの国民は2月14日のミュンヘン安全保障会議(MSC)でのバンス米副大統領の発言を直ぐに思い出すだろう。バンス副大統領はMSCで20分余り演説したが、「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、「米国が掲げている共通の価値観からかけ離れている」と糾弾したことがある。欧州とトランプ米政権間には深いパーセプションギャップがあるわけだ。

不信感は批判よりも深刻な兆候だ。ウクライナとロシア間の和平を実現するためには、調停役を演じる欧州はトランプ米政権ともっと意思疎通を図るべきだ。そのうえでロシアとの交渉を始めるべきだろう。米ロ両国だけの交渉は不必要な誤解や不信感を生み出す。プーチン氏は欧州と米国間に乖離を打ち込む機会を逃さないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。