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(前回:外国人マネーが動かす不動産市場:政府注視の「短期売買」「名義の壁」の正体)
前回は、外国人の不動産取得が“本当に問題なのか”を、政府資料と実務家の視点から整理した。
今回は、政府が実際に検討している「4つの政策方向」を中心に、それが不動産市場にどのような影響を与えるかを実務的に読み解く。
本稿は、政治的主張ではなく、不動産取引・投資・賃貸経営・CRE(企業不動産戦略)に及ぶ“実務インパクト”について整理したものである。
国籍把握:透明性を高めるための「最低限の基盤」
政府資料(資料2-2)では、最も重要な柱が「取引主体の国籍・属性の把握」にある。
現在、登記簿には国籍の記載がなく、取引当事者がどの国籍かを制度的に把握する手段はない。そのため、統計として扱えるデータが極めて限定的で、「どの地域で外国人取得が増えているのか」を正確に把握できていない。そして、政府は単純な国籍の記載というよりも、名義の背後にある実質所有者(BO)情報の可視化に軸足を移す方向に向かっている。
政府は今後、次の方向で調整を進めると見られる。
- 登記事務における国籍情報の取得
- 売買契約時の本人確認書類の拡充
- 司法書士・不動産業者が取得する本人確認情報の整理
ここで重要なのは、“規制ではなく透明性の担保”が目的である点だ。市場実務でも、国籍が「禁止要件」になることは想定しづらい。むしろ、金融機関・不動産会社・投資家の間で、「誰が買っているか」が把握しやすくなる=取引リスクの測定精度が高まるという実務メリットが大きいといえる。
短期売買の監視:都心マンションの価格形成を把握する
資料3では、都心部の新築・中古マンションで、「外国人による短期売買が存在する」と明記されている。海外主要都市では一般的だが、日本では短期売買データが体系的に収集されてこなかった。
今後政府は、後述の不動産レジストリ構想と併せて:
- 取得から売却までの保有期間
- 外国籍を含む買主属性
- エリア別の売買回数
- 賃貸化せずに早期手放す取引
といったデータ収集を本格化するだろう。
ここでも「禁止」ではなく、あくまでも価格形成の透明性を高めるためのモニタリングが中心になる。
実務的には、
- プレミアムを乗せた売買が続けばマンション価格はさらに上昇圧力
- 短期売買の減速は市場の過熱感を冷ます
など、“市場の体温計”としての役割が強まる。
日本政府は土地基本法の理念から“投機的取引には慎重”という立場を基本とする。そのため、不透明な短期転売が多いエリアでは、金融機関の融資姿勢が変わる可能性がある点は、投資家は注視すべきポイントだ。
外為法(外為規制)の強化:資金の出所を見る流れ
資料2-2では、外国人取得への対応として、外為法の活用・強化が明記されている。ここで重要なのは、国籍ではなく「資金の出所」を見るという点だ。
外為法では、
- 不正資金の流入防止
- マネーロンダリング対策
- 脱法的な迂回投資の検知
といった観点で、金融機関・不動産事業者に報告義務が課される。
政府が今後強化する可能性があるのは、
- 名義は日本人・法人でも実質的な資金提供者が外国人の場合の捕捉
- 特定国からの資金流入監視
- 投資スキームを使った「見せかけの日本法人」への対応
特に、「名義は日本人/出資者は外国人」「日本法人を挟んだ実質的外国人投資」といったケースが問題視される可能性がある。これは国籍規制ではなく、実質的支配者(Beneficial Owner)情報の把握強化の流れであり、日本でも不動産取引での重要性が高まるだろう。
実務面では、
- 金融機関の審査
- デューデリジェンス
- 契約時の本人確認 等
が一段階厳しくなると想定される。
不動産レジストリ構想:市場インフラを大きく変える可能性
政府資料では大々的には語られていないが、実務家にとって最も注目すべきがこの「不動産レジストリ構想」である。
これは簡単にいえば、売買・賃貸・所有者情報などを一元的に整理するデータベース構想であり、実質所有者の把握に資するインフラとして、欧米で進む「不動産情報の統合」と同じ潮流にある。
レジストリが実現すれば:
- 売買履歴(価格・回数・期間)の透明化
- 所有者属性の把握
- 賃貸状況・空室率のデータ化
- 外為関連のチェックとの連動
- 短期売買の自動検知
- 相続・法人再編時の不動産把握が容易に
といった形で、このデータベースが公開されれば日本の不動産市場の“見える化レベル”が飛躍的に向上する可能性を秘めている。
これは外国人取得だけでなく、国内投資家・企業オーナー・金融機関にとってもインパクトが大きい。
特にCRE戦略では、複数拠点の資産状況・用途・稼働状況を即時に把握する必要があるため、経営判断の速度が格段に上がる。レジストリは「規制」ではなく、市場インフラそのものを高度化する政策 として捉えるべきだ。
4つの政策が不動産市場にもたらす実務インパクト
政府の以上4つの政策は、外国人の不動産取得を一律に規制するものではなく、不動産市場の透明性を高めるための基盤作りを進めるものである。具体的には、所有者や国籍情報の把握、短期売買のモニタリング、外為法の適切な運用などを通じて、市場の健全性を確保する狙いがある。
政府による直接的な規制は難しい面があるものの、これらの取り組みを通じて、不透明な外国資金による不動産取得や短期売買の問題に対応するための基盤が整いつつある。その結果、適切な情報に基づいた政策判断や市場の健全性の確保が期待される。
実務家の視点からみると、特に次の3つは今後の不動産市場の動向に直結するだろう。
- 不透明な投資スキームの検知が進む → 資金の質が選別される
- 短期売買の把握が進む → 都心マンション価格の変動要因となる
- レジストリが整う → CRE×投資判断が加速する
規制の強化ではなく、透明性の向上とデータの精度向上 が本質である以上、不動産市場にとって長期的にはポジティブな変化と言える。
「名義は日本人、資金は外国人——“見えない所有者”をどう捕捉するか」シリーズのクライマックスとなる第3回では、外国人取得問題の本丸ともいえる“実質所有者(Beneficial Owner)問題”を扱い、不動産市場に起きる“構造変化”を整理したい。






