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「それって強制できないですよね?」
「合理的な理由ありますか?」
「無駄なのでやらなくていいですよね」
最近、上司の指示に対しこのような反論を行う新入社員に頭を悩ませる企業が少なくありません。まるでインターネット文化と共に広まった「論破」のように、相手を言い負かす話法を職場でも多用するのです。
令和2年9月28日の東京地裁判決は、まさにそのような新入社員の解雇について判断を下した興味深い事例です。この判例を通じて、現代の職場が直面する「論破系新入社員」への対応と、解雇の法的要件について、社会保険労務士の立場から考察してみたいと思います。
解雇無効の理由となった企業側の問題点
今回の判例では、新入社員は研修中に「やりたくないので、やらなくていいですか」「それって強制はできないですよね」といった発言を繰り返し、営業マナー研修では「こんなことをして営業はお客さんをだますのですよね」と批判的な発言をしました。
会社は解雇を試みましたが、結果としては解雇無効の判断が下されました。
一見すると「指導無視」「協調性なし」「職場の秩序を乱す」という理由で解雇できるように見えますが、なぜ企業側は敗れたのでしょうか?
裁判所が問題視したのは、企業の指導体制など、対応のプロセスでした。会社は試用期間を3回延長した後、問題のある新入社員を会議室に一人で置いて簿記の自習や新聞記事の閲読をさせるだけという対応をとりました。
裁判所はこの対応について「適切な指導を実施して改善されるか否かを検討したと認めるに足りる証拠がない」と判断しました。企業が真摯に従業員の改善に取り組んでいなかったことを問題視したのです。
さらに深刻だったのは、会社が退職勧奨に力を入れていたという点です。これは企業が最初から解雇ありきで対応していたことを示唆しており、誠実な改善努力を怠ったとして厳しく評価されました。
解雇の法的要件と能力不足による解雇の厳しい基準
労働契約法第16条によれば、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、その権利を濫用したものとして無効となります。
これは解雇権濫用法理と呼ばれ、使用者の解雇権に厳しい制限を課しています。能力不足を理由とする解雇が有効となるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 著しい能力不足:単なる能力不足ではなく、平均的な労働者と比較して著しく劣る状態
- 改善の機会の提供:会社が適切な指導や研修を実施し、改善の機会を与えたこと
- 改善の見込みの欠如:指導を行っても改善が期待できない状態
- 他の配置転換等の検討:他部署への異動など、解雇回避努力を行ったこと
特に試用期間中であっても、これらの条件はそのまま摘要されるため、慎重な判断が求められます。
論破系新入社員の特徴
この事例の新入社員の行動パターンは、現代のインターネット文化で育った世代の特徴を色濃く反映しています。
「なぜこれをする必要があるのか」という合理性への拘り、権威を認めない態度、そして相手を言い負かそうとする論法は、デジタルネイティブ世代によく見られる傾向です。
しかし、職場に適応するためには、論理にこだわるのではなく、協調性や相手への配慮を身につけることが必要です。
職場に必要な価値観になじめない社員にどう対応するかが、現代の職場管理の重要な課題となっています。従来の「上下関係に基づく指導」だけでは、このような新入社員への対応は困難です。なぜその業務が必要なのか、どのような意味があるのかを論理的に説明し、納得感を与える指導方法が求められます。
単に「言うことを聞け」では反発を招くだけであり、相手の疑問に誠実に答え、業務の意義を説明することが重要です。
論破系社員が力を発揮する場面
論破系社員は一見すると扱いにくいですが、裏を返せば批判的思考力や自律性が高いとも言えます。論破系の新入社員が持つ特性は、適切に活用すれば、企業にとって大きな武器となる可能性があります。
まず、彼らの批判的思考力は、既存の業務プロセスの問題点を発見し、非効率な作業を改善する原動力となり得ます。
判例の新入社員が「営業はお客さんをだますのですよね」と発言したのも、既存の営業手法への疑問の表れです。この視点を活かして、より顧客に誠実な、透明性の高い営業手法の開発につなげることができれば、企業の競争力向上に寄与するでしょう。
また論破を得意とする人材は、論理的な分析能力に長けていることがあります。データ分析、市場調査、競合分析などの分野では、その鋭い分析力が威力を発揮します。感情論ではなく、データに基づいた客観的な判断を下すことができるため、戦略企画や経営企画部門での活躍が期待できます。
企業が取るべき適切な対応策
このような社員がいる場合、企業はどのような対応をとるのが適切なのでしょうか。
・段階的な指導プロセスの構築
問題のある新入社員への対応は、以下のような段階的なプロセスで行うべきです。
- 問題行動の具体的な記録:いつ、どこで、どのような問題があったかを詳細に記録
- 面談による問題の共有:本人と問題について話し合い、改善点を明確化
- 具体的な改善計画の策定:期限を設けた改善目標の設定
- 継続的なフォローアップ:定期的な面談により進捗を確認
- 他部署への配置転換の検討:適性に応じた部署異動の可能性を探る
・客観的な評価基準の確立
解雇の有効性を担保するためには、客観的で具体的な評価基準が不可欠です。「協調性に欠ける」「上司や先輩社員の指導に従わない」といった抽象的な表現ではなく、具体的にどのような発言や行動が問題なのか、それがどのように業務に支障をきたしているのかを明確に示す必要があります。
・改善支援の具体化
判例が示すように、単に問題を指摘するだけでは不十分です。具体的な改善支援を提供し、その記録を残すことが重要です。例えば、コミュニケーション研修の受講、メンターの配置、定期的な指導面談の実施などが考えられます。
・適性に応じた配置転換の検討
論破系の社員には、その特性を活かせる部署への配置転換も有効な選択肢です。営業や接客などのコミュニケーションが中心の業務よりも、分析業務、企画業務、品質管理、リスク管理などの分野で力を発揮する可能性があります。
バランスの取れた対応が求められる現代の職場
この判例は、現代の職場における世代間ギャップと、それに対する適切な対応の重要性を浮き彫りにしています。
確かに「論破系」の新入社員は扱いにくく、職場の雰囲気を悪化させる可能性があります。しかし、だからといって安易に解雇に踏み切ることは法的リスクを伴います。
重要なのは、相手の特性を理解し、適切な指導方法を模索する姿勢です。デジタルネイティブ世代の合理性へのこだわりは、適切に方向づけすれば業務改善や効率化につながる可能性もあります。
企業には、多様な価値観を持つ従業員を受け入れ、それぞれの特性を活かしながら組織として機能させる包容力と指導力が求められています。
安易な解雇ではなく、真摯な改善努力を通じて、現代の職場にふさわしい人材育成のあり方を模索することが、これからの企業経営において不可欠な要素となるでしょう。
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李 怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。
官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績がある、ハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり、研修受講者からの満足度は90%以上。法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチで、職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で、企業をサポートしている。
公式サイト https://yhlee.org/wp/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年7月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。






