ゼノンの詭弁とは、次の通りである。アキレスの少し先に、亀が歩いている。アキレスが亀の位置まで到達するには、一定の時間を要する。その時間経過中に、亀は何がしか前進する、次にアキレスが再び亀に追いつこうとするためには、また一定の時間が経過する。その間に、更に亀は前進する。故に、どこまでいってもアキレスは亀を抜けない。

NiseriN/iStock
また、この変形として、矢と的の詭弁がある。即ち、放たれた矢は、的への距離の中間点を通過する。次に残りの距離の中間点を通過する。更に残りの距離の中間点を通過する。空間は無限分割可能であるから、無限に新たに通過すべき中間点が生じ得る。故に、矢は的に到達できない。
しかし、亀の現在の位置よりも先に、ある基準地点を設定し、逆説と同じ議論を展開すれば、アキレスは亀を抜く。同じように、矢の運動が的を超えて持続するとすれば、的の後ろにある地点を基準に矢と的の逆説の論理を適用することで、的自体がいずれ中間点となって、矢は的に突き刺さる。
アキレスにして、亀を見ていなければ、主観的にはアキレスの前に、亀はなく、亀を抜いたときに振り返ることで、客観的な亀の存在に気付くのである。同様に、事前に矢の前に的がなかったとしたら、矢の飛翔を事後的に中断したものが的だったということになる。高村光太郎の詩にあるように、「僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る」のである。
ゼノンの詭弁に従えば、目標を目指して行動する人は、目標達成の直前で燃焼し尽くして、目標に到達できないことになる。しかし、同じ詭弁に従えば、目標を超えようとして行動する人は、目標を達成できることになる。要は、目標を達成するためには、達成すべき目標の先に、より高度な目標をもっていなければならないということだから、もはや、詭弁というよりも、人間の行動の真理を突いたものといったほうがいいのである。
スポーツの選手は、記録の更新を目指しているのであって、先人の記録に並ぶことは通過点にすぎない。そのようにして、多くの選手が競っているので、記録は更新されていく。このことは、人間が成長すべきものである限り、全ての行動において、真実でなければならない。
■
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
X(旧Twitter):nmorimoto_HC
Facebook:森本紀行






