「悔恨共同体」のレガシーはなぜ戦後80年も続いたのか

今回の選挙をめぐるマスコミの論評は、朝日から日経まで驚くほどワンパターンだ。その典型がこの座談会である。

今回の選挙の歴史的意義は、55年体制から続いてきた「護憲勢力」が壊滅的な敗北を喫して消え去ったことだ。それには朝日新聞やこういう御用知識人の責任も大きいが、彼らは敗北を認めない。「人気投票」とか「推し活」とかいう決まり文句で高市首相をバカにしている。

彼らは自分たちの正義が大衆には理解できないというが、それは逆である。彼らの信じている時代錯誤の一国平和主義が、戦後80年も大衆に支持されたことが異常であり、今は正常な姿に戻ったのだ。

丸山眞男と戦後日本の国体

終戦直後には、丸山眞男が悔恨共同体と名づけたように、知識人が「戦争を止めることができなかった」という罪悪感で結集した。大衆もその悔恨を共有し、憲法改正や再軍備には田中角栄から野中広務に至る元復員兵も反対した。

しかし悔恨は戦争体験とともに風化し、民主主義や平和教育は形骸化し、知識人はもとのタコツボに戻ってしまった。残されたのは「非武装中立」というシングルイシューの万年野党だった。それでも悔恨共同体のレガシーが今まで続いたのはなぜだろうか。

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