駐イスラエル米大使の発言と「神の約束の地」

駐イスラエルのマイク・ハッカビー米大使の発言がアラブ諸国で大きな批判にさらされている。ハッカビー大使は今月21日に放映された米保守派タッカー・カールソン氏とのインタビューの中で、「聖書の記述」に基づき、イスラエルにはエジプトの川(ナイル川)からユーフラテス川に至るまでの広大な土地に対する権利があるという趣旨の考えを明らかにした。 カールソン氏が「それは基本的に中東全域を指すことになる」と念を押すと、ハッカビー氏は「(イスラエルが)それらすべてを手に入れたとしても構わない(It would be fine if they took it all)」と述べたのだ。

駐イスラエルのマイク・ハッカビー米大使、イランIRNA通信から

ハッカビー氏(70)は敬虔なキリスト教福音派の元牧師であり、イスラエル支持派として知られている。福音派の多くは、聖書の記述を比喩ではなく文字通りに解釈する。1948年のイスラエル建国を「神の奇跡」と捉え、ユダヤ人が「約束の地」に帰還することを、キリスト再臨の絶対条件だと信じている。福音派にとって、聖書に記された「ナイルからユーフラテスまで」という境界線は、神がアブラハムと交わした「永遠の契約」だと信じている。

米大使の発言は、現代の主権国家の領土を宗教的な解釈で否定するものとして、周辺諸国から強い非難を受けた。 サウジアラビア、エジプト、ヨルダン、UAE、カタール、トルコ、インドネシア、パキスタン、およびアラブ連盟(AL)やイスラム協力機構(OIC)が非難の共同声明を発表した。その内容は国際法や国連憲章を無視し、地域の安全と安定を脅かす、というものだ。

イランのIRNA通信は21日、「 アラブ諸国とイスラム諸国は、イスラエル駐在アメリカ大使マイク・ハッカビーの発言を強く非難した。ハッカビーはイスラエルには中東の大部分を支配する権利があると述べたのだ」と説明している。

米大使(2025年4月就任)の発言は、米国とイランの間で進行中の核交渉にも影響を与える気配が出てきた。すなわち、アラブ諸国がイスラエルとそれを支援する米国を共通の敵として、イランと連携する可能性が排除できなくなったからだ。

ハッカビー氏はインタビュー後半で「イスラエルは実際に占領を広げようとはしておらず、自国の安全を守ろうとしているだけだ」と弁明したが、手遅れだ。 サウジアラビアなどは、米政府に対してハッカビー氏の発言が米国の公式な立場なのか説明を求めている。

ここでは「聖書の記述」に基づいて、神がイスラエルに約束した地について振り返ってみる。神は聖書の中で少なくとも2回、イスラエル民族に与える「約束の地」について述べている。

①神はアブラハムと契約を結び、エジプトの川からユーフラテス川までの領土を子孫に与えると約束した。「エジプトの川」とは一般的には、シナイ半島東部のワディ・エル・アリシュ(現在のエジプト領内)を指すと解釈されることが多いが、宗教的右派の間では、これをナイル川と解釈する向きもある。「ユーフラテス川」とは、:現在のイラクやシリアを流れる大河だ。この境界を採用すると、イスラエル国家の領土はヨルダン、レバノン、シリアの大部分、イラクの一部、さらにはサウジアラビアの一部までが含まれることになる(「創世記」第15章18節)。

②神はイスラエルの民を率いて出エジプトしたモーセに対して「約束の地」を与えると約束している。旧約聖書「民数記」第 34章によると、地中海からヨルダン川周辺までの、現在のパレスチナ・イスラエルに近い領土だ(カナン)だ。

③それだけではない。古代イスラエルの全領土や全国民を指す伝統的な慣用句として「ダンからベエルシェバまで」という表現がある。ダンはイスラエル北端の都市で、ヘルモン山の麓に位置し、ベエルシェバはイスラエル南端、ネゲブ砂漠の入り口にある都市だ。この2地点を結ぶことで、南北に広がる「約束の地」の全域を象徴する。旧約聖書の「士師記」や「サムエル記」などに何度も登場する。ダビデ王やソロモン王の統治下で、国家の一体感を示す言葉として定着したという。

そして ハッカビー大使が引用したのは、「創世記」に記述されている神の約束の地だ。だから当然、その約束の地に入る周辺国は「自国の領土主権を脅かすもの」として米大使の発言に反発したわけだ。

ただし、「創世記」によると、アブラハムからイサクとイシュマエルの2人の息子が生まれたが、イサクはイスラエルの、イシュマエルはアラブの先祖と言われている。その意味で、創世記の「神の約束の地」は当時の世界全てを網羅していたわけだ。決して特定の地ではない。 ただ、伝統的なユダヤ教・キリスト教の解釈は、カナンという特定の土地の相続権はイサクに限定されていたと受け取っている。

ところで、米大使の「約束の地」の解釈が、現在の中東和平交渉にどのような影響を与えるだろうか。ハッカビー氏が引用した広大な範囲(大イスラエル主義)の考え方は、現在の中東和平交渉において対話の土台を壊しかねない。具体的には、米大使の発言はパレスチナ民族とイスラエルの「2国家解決」を完全に無視している。同時に、イスラエルとアラブ諸国の関係正常化(アブラハム合意)は水泡に帰すことになる。

ちなみに、米大使の発言はアラブ諸国だけではなく、イスラエル国内でも物議を醸している。ネタニヤフ政権を支える極右・宗教政党は米大使の発言を歓迎しているが、世俗派や軍のエリート層は、イスラエルが近代的な民主国家から、宗教律法(ハラハー)が支配する「宗教国家」へ変質することを意味すると警戒する。米大使の発言は、「法の支配を重んじる世俗派」と「神の意志を優先する宗教派」の溝をさらに深めることにもなる。

いずれにしても、イスラエルとアラブ間の「神の約束の地」論争は、トランプ米政権のグリーンランド領有問題とは違うのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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