NISA貧乏で人生そのものが貧乏になる

黒坂岳央です。

新NISAの開始やFIREムーブメントの広がりにより、日本では個人投資への関心が急速に高まっている。政府も「貯蓄から投資へ」を掲げ、個人の資産形成を強く後押ししている。

だがその裏側で奇妙な言葉が広がり始めた。「NISA貧乏」である。

これは、生活費を極端に切り詰めてまでNISAに資金を投入する若者を指す言葉だ。投資そのものが目的化し、日常生活の質が下がり、人生経験や思い出を削る生活になりかねないだけでなく、過度な節約が消費を抑制し、日本経済にも一定の影響を与えかねない状態を揶揄して使われる。

本来、資産形成は生活を豊かにするための手段である。だが一部では、その手段が目的へと転倒している。「消費が抑制される」と経済的な打撃を問題視する声は多いが、個人的には「人生そのものが貧しくなる」という問題を懸念している。

NORIMA/iStock

投資には中毒性がある

投資にハマっている人は「投資が娯楽化している」と感じることがよくある。

「飲み物は水筒持参」「旅行は禁止」「奢り以外の飲み会には行かない」

こうしたものだ。1円でも出費を削り、株を買い続ける。確かに経済合理性だけを見れば正解に思える。だが、投資が目的化するとお金より大事なものを見失うと思っている。

過去記事で何度か書いた通り、筆者の親族に投資にハマりすぎた人物がいる。せっかく家族の幸せを考えて買った理想のマンションを手放し、築35年ボロ戸建てを買い直して「これなら土地値なので確実に損をしない」と余剰資金で株を買う。

その人の意思決定に口を出すつもりはないが、お金のために「ピカピカで広いマンション」を手放し、「狭いボロ戸建て」に移り住むのはもったいないと感じてしまった。この場合、お金を優先し家族との時間や住心地を売却したことになる。お金は後から増やせても、家族との時間、若いときの経験は二度と戻らない。

投資にはゲームに近い中毒性がある。資産額が増えるたびに数値として成果が可視化されるため、人間の報酬系を刺激しやすいからだ。投資アプリや証券口座のUIはゲーム的な要素を多く含む。資産グラフが右肩上がりに伸び、評価額が日々更新される。節約して投資額を増やすと、数字として成果が見える。この「数値の増加」は脳に強い報酬を与える。

つまり投資は今や、数字が増える快感を楽しむゲームとして機能しているのである。

NISA貧乏で人生が貧乏になる

投資には強い中毒性がある。努力して支出を削って、NISA満額投資を続ければ、時間の経過でどんどん資産が増加する。

だが問題がある。だがこの快感は、本質的には刹那的なフロー型の満足に過ぎない。節約して投資額を増やしたという達成感は、その瞬間は気持ちがよい。しかし数年後に振り返っても、そこに思い出は残らない。人生の記憶として積み上がるものがなにもないのだ。

一方で、人生には「ストック型の価値」が存在する。思い出や経験は、時間が経っても繰り返し思い出され、人生の満足度を長く支える資産になる。友人と行った旅行、思い切った挑戦、そして若い頃の恋愛などだ。

こうした経験は、その瞬間だけで終わらない。何年経っても思い出され、人との会話の中で何度も再生される。古い友人と会えば、昔話に花が咲く。思い出を語りながら笑う時間は、人生の豊かさそのものだ。

しかしNISA貧乏の生活では、この経験投資が極端に削られる。旅行に行かない、外食を控える、友人と遊ばない。そのすべては投資額を増やすためである。その結果、若い時期にしか得られない経験が失われていくのだ。

老後では楽しめない

若さの最大の価値は感受性である。見るもの、聞くもの、すべてが初めての経験となるので、あらゆるものが輝いて見える。人生の中で最も強い印象を残す。初めての海外、初めての挑戦、初めての成功や失敗。これらは強烈な記憶として残るのだ。

だが年齢を重ねると、新しい経験の感動は次第に薄れる。若い頃に思い切って奮発した高級リゾートホテルに感動しても、ある程度、人生経験をすると5つ星ホテルに泊まっても大して感情は動かない。ライブにに行こうが、芸術品を見ようが、衰えた感受性では受動的な娯楽はつまらなくなる。これは多くの人に見られる傾向であり、年齢とともに新しい経験への感動は薄れやすい。

だから人生経験、特にリスクや体力の伴うものほど人生前半に味わい尽くすつもりでやるべきなのだ。金融資産は後からでも積み上げられるが、感受性には賞味期限があるので、若い時の経験は後からは取り戻せない。その時、多少蓄財ができていても有効活用することができなければ、貯めたお金を使い切れない分を最後は国が没収するだけである。これではなんのために頑張ってNISA満額をやったかわからなくなる。

NISA貧乏の問題は、若者がこの重要な資産を犠牲にしている点にある。

投資は手段であって目的ではない

もちろん投資そのものを否定する必要はない。長期的な資産形成は重要であり、新NISAは優れた制度である。問題は投資の目的化である。

人生の幸福を高めるための手段であるはずの資産形成が、生活そのものを圧迫し、NISA貧乏が人生貧乏になる。これは本末転倒と言わざるを得ない。

理想の形は、まず人的資本や人生経験に投資し、その結果として得られる収入を金融資産に投資することである。仕事を頑張り、人生経験を積んで若い時期を豊かに過ごす。そして余剰資金を投資に回すのだ。

筆者が本格的に投資に興味を持ったのは30歳くらいだった。それまでは有り金はすべて、旅行や食事、ビジネススキルアップに注ぎ込んでいた。若い頃、下手にNISAがなくて本当に良かったと思っている。注力する点を間違えてしまいそうだからだ。

そう考えると、昨今のNISAブームは資産形成の大きな追い風である一方で、人生経験まで削ってしまう「NISA貧乏」という新しい問題も生んでいるように思えてならない。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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