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ウクライナ戦争が始まってしばらくした頃、この戦争は第3次世界大戦ではないか、という意見がありました。欧州も巻き込みかねない極めて緊迫した事態になった時です。
その時私は「それは違うと思う」と述べました。あれはあくまでも旧ソ連という枠組みの中で両国がそれぞれ領土と安全保障の再画定を求めた戦いであり、イデオロギー的にも戦域拡大する理由はなかったと考えました。事実、それは起きていません。
次にガザのハマスがイスラエルに突然攻撃し、イスラエルが猛烈な反攻を行いました。今ではハマスとは休戦協定が出来ていますが、イスラエルは様々な理由をつけて攻め入るほか、イスラエルの北にあるレバノンとの問題も深刻化しています。
イスラエルの強硬な姿勢はネタニヤフ氏個人の性格もあるし、氏が同国の司法上、追い詰められていることもあるでしょう。また政権運営において弱気になれば自身の立場が脅かされるという点もあります。
そこにもってきてトランプ氏が再選したことであらゆる風向きが変わったと言えます。トランプ氏はイスラエル擁護派であり、ネタニヤフ氏へ自身の政治生命を賭けるほどの肩入れをします。今回のイラン攻撃計画もネタニヤフ氏の入れ知恵であったと推察します。
では、ネタニヤフ氏はなぜトランプ氏が利用できると考えたのでしょうか? 私が見る限りウクライナ戦争の調停を巡るトランプ氏の朝令暮改の動きの中で、トランプ氏の真意を見たのだと思います。
「トランプ氏はメリットあることを選ぶ」であります。つまり、ウクライナをどれだけ味方してもそこから得られるものは限定的である一方、ロシアを完全に敵に回すより利用価値があるのでディールできる相手としてとどめておいたほうが得である、と考えたわけです。これをネタニヤフ氏が読み込み、トランプ氏の人心を掌握したと私は考えています。
ネタニヤフ氏はトランプ氏に「イランを攻めることで中東の和平が生まれ、それによりアメリカの中東における政治力は極端に強くなる、その上にオイルマネーなどがアメリカに投資をするようになればアメリカの繁栄は永続的に続くのだ」と口説いたかもしれません。
今起きているのは第3次世界大戦なのだろうか、という質問に対してどう答えるべきでしょうか?個人的には入りつつある気がしています。冒頭、ウクライナの戦争は過去の領土に絡む地域紛争だと言えました。ガザの問題もある意味、イスラエルと長年揉めていた紛争地域であり、それ単独で見れば「またか!」の域であります。
ただ地域紛争にしてもしばらく大きな戦いがなかった中で戦争への萌芽が生まれたことは事実で、スーダン、ミャンマー、パキスタンは紛争当事国であり、ベネズエラのような事件もあり、キューバもギリギリのところに追い込まれています。台湾問題も残されています。
世界大戦の要件の一つに大国が砲火を交えること、とあります。ただ私はそれは古い要件だと考えています。この要件ではアメリカを含むG7諸国、中国、ロシアがその主体だと思いますが、アメリカとロシアはお互いに戦ってはいませんが、別々の戦いを行い、中国は微妙な位置に立たされています。
少なくとも大国が大国の理論により交戦を行い、自国、ないし国家元首の自己満足を追求する時点で外交を捨て、戦争を容認しており、その相手となる国は好む好まざるにかかわらず、戦わざるを得ないのです。これは理不尽です。戦後80年の平和は理性とグローバリズムによる国際協調、そして対話の時代がバックボーンでありました。
しかし、トランプ氏もプーチン氏も習近平氏も対等な対話を望みません。自国都合の論理の中で大国主義を振りかざすのです。
つまり大国がより大国化し、大国の理論により支配を進めることを正当化するならば「寄らば大樹の陰」理論で世界が局化するリスクが生まれ、最終的には大国同士が覇権をめぐる戦いをすることになるのでしょう。
また戦いは昔の戦争のような人海戦術ではなく、サイバーから経済戦争まであらゆる手段を使うことになり、ロケット砲やミサイルといった砲弾や兵器は戦争の主力的位置づけから一つの手段に代わっていくはずです。そうなれば国家は自衛のために何にどれだけ資金を投じても安全を確保することはできないとも言えます。
私は厭世主義にはなりたくないけれど人々の努力や成長、進化は国家間の争いごと次第では全てが一瞬のうちに帳消しになるリスクすら抱えているとも言えます。これは絶対に避けなくてはいけないのです。
以前、日本は何故永世中立国にならないのか、とこのブログで申し上げたことがあります。不安定な社会が醸成されるに従い、日本はどうあるべきか、憂うのであります。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年3月23日の記事より転載させていただきました。







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