アジア太平洋・自由主義陣営を襲う石油危機 --- 小山 正篤

ValeryBrozhinsky/iStock

我々は既に石油危機の中にいる。ホルムズ海峡の早期開放に失敗すれば、世界はこのまま未曾有の石油供給逼迫に陥る。その衝撃はまずアジア太平洋地域、中でも日本をはじめとする域内の自由主義・親米諸国に集中する。

ホルムズ海峡封鎖は、巨大な数量の石油輸出を停止させると同時に、世界の原油生産余力の大半を無力化する。この重大さを、まず理解せねばならない。

昨年ペルシャ湾からの石油輸出量は、原油・日量1500万バレル、石油製品・日量500万バレル。これに対し、現時点で機能している迂回ルートによる代替は、サウジアラビア紅海側から最大で日量400万バレル。一方、イランの「影の船団」による石油輸出(原油・日量約150万バレル、石油製品・日量約50万バレル)は2月末・開戦以降も継続(4月初旬時点)と推測される。

全量途絶の場合、昨年の世界石油需要(中東湾岸を除く)の22%に相当する。この比率は迂回ルートによる代替を加味して17%、さらにイランの輸出継続を加えれば15%と下がるが、依然として極めて大きい。コロナ禍の2020年、世界石油需要は各国の敷いた厳しい移動制限によって激減したが、それが対前年比9%の減少だったのを想起したい。今後の戦局次第で、イラン産及び迂回ルートの輸出双方が阻害される事態も十分あり得る、全量途絶の危険性は低くない。

一方、昨年末時点、世界の原油生産余力の9割がサウジアラビア、UAE、イラク、クウェートの4カ国に集中している。その全量がホルムズ海峡封鎖によって稼働不能となった。すなわち、桁違いの途絶量に加え、供給が硬直化している。過去の石油危機時に見られたような機動的な生産代替は起きない。供給途絶に見合うだけの、未曾有の消費抑制が一気に必要となる。

そしてこの逼迫がまず襲うのは、アジア太平洋地域だ。昨年ペルシャ湾からの石油輸出の約9割はアジア・太平洋市場に向かい、それは域内石油需要の約45%に相当した。その途絶は、迂回ルートでの振替、イラン産輸出継続を加味しても、なお域内需要の30%前後を占める。対照的に、大西洋市場(欧州、北米、中南米、アフリカ)向け輸出量は域内需要のわずか5%相当に過ぎない。

さらに、このアジア太平洋地域の中で、供給途絶の衝撃を最も強く受けるのは、「影の船団」によるロシア産(及びイラン産)石油供給網の外にある、日本を含めた自由主義・親米諸国だ。

昨年中東(オマーン除く)産が輸入原油に占める割合は、日本が9割強、韓国は7割、台湾で約6割だった。いずれも国内原油生産を欠くが、精製能力の大きさから、特に韓国はシンガポール(及び中国、インド)と並んで軽質燃料油(軽油、ジェット燃料、ガソリン)の大手輸出者でもある。

対照的に、ニュージーランドは国内製油所がない。豪州も国内需要の約8割を石油製品輸入に頼り、昨年はその約3分の2が韓国、シンガポール、台湾及び日本を供給源とした。フィリピン、インドネシア、ベトナムも石油製品輸入への依存度が高い。

中東原油の逼迫は、これら諸国の石油供給に連鎖的な打撃を与える。まず失われるのは石油製品の輸出余力だから、石油製品輸入国が最も脆弱だ。事実、フィリピンは3月24日に「エネルギー非常事態」を宣言、インドネシアは4月1日から一般車両への給油制限を開始し、オーストラリアでは軽油・ガソリンの品薄・品切れが全土で広がってきている。

他方、アジア最大の産油国である中国は、ロシア産石油の最大の輸入者でもあり、昨年中東原油(イラン産含む)輸入の原油処理量に対する比率は約35%に止まる。「影の船団」の運ぶイラン産石油は、ほぼ独占的に中国が輸入する。イラン産輸入が継続すれば、サウジアラビア紅海側からの迂回分と合わせ、石油供給逼迫量を国内需要の15%以下に抑え得る。加えて、計3億バレル以上とも推定されるイランおよびロシア原油洋上在庫から手当てすれば、一層の緩和が可能だ。

需要側でも2020年以降に電気自動車販売を急伸させ、燃料油消費は既に下方屈曲を示していた。また3月中旬以降、石油製品輸出を事実上停止させ、国内向けを優先している。

すなわち、中国はアジア・太平洋地域の中で、ホルムズ海峡封鎖の衝撃に対し例外的に耐性が強い。2022年以降、積極的にロシア原油輸入を進め、対中東依存を低減したインドも、比較的優位にある。直撃を受けるのは、東・南シナ海及び西太平洋で中国の軍事・外交的威圧に抗する、日本をはじめとする自由主義・親米諸国だ。

深刻な石油供給逼迫は、陸上・海上・航空輸送を麻痺させ、農林漁業・石油化学ほかの産業活動を困難とし、経済、社会、政治の不安定化と防衛能力の弱体化を招く。ホルムズ海峡封鎖は、アジア太平洋・自由主義陣営の存立基盤を揺るがす事態と認識せねばならない。

小山 正篤
国際石油アナリスト。1985年東大文学部卒、日本石油(当時)入社。米・英系の調査会社、サウジアラムコ本社などを経て、現在フリーで活動中。米ボストン在住。タフツ大・修士(国際関係論)。

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