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正直に言う。私はこの話を読んだとき、最初は「またか」と思った。成功者の苦労話。ビフォーアフター。お涙頂戴。——でも、ちょっと待ってほしい。この話、そういう綺麗なやつとは毛色が違う。
『誰とでもうまく「話せる人」と「話せない人」の習慣』(松橋良紀 著)明日香出版社
松橋良紀氏。営業コミュニケーションの専門家として知られる人物だが、かつての姿は散々だ。人前で話せば手が震え、上司には「何言ってるかわからん」と切り捨てられ、同僚には知ったかぶりを面と向かって指摘される。
しかも本人いわく「思い出せないくらい」そういう経験があるという。思い出せないくらいって、相当だ。
転機は30歳で心理学を学んだこと。習得したスキルを営業に持ち込んだら、1ヶ月で全国450人中1位。嘘みたいな話だが、本人の実話だという。
そこから研修トレーナーになり、教え子からトップセールスが続出。45歳で講師として独立する。ここまでは、まあ順調だ。
問題はここから。
起業して2年、まったく売れない。切羽詰まってコンサルタントに泣きついた松橋氏は、自分の黒歴史をぶちまけた。3年間売れなかった話、才能がないと宣告された話、辞める勇気もなくて会社を転々とした話。するとコンサルタントが、とんでもないことを言い出す。
「めちゃくちゃおいしい過去ですよ、それ。なんでホームページに出さないんですか?」
いや、出すわけないだろう。普通そう思う。恥ずかしい過去を晒したら、誰も講師なんか頼まなくなる。松橋氏もそう反論した。ところがコンサルタントは切り返す。
「挫折経験がない人に、指導を頼みたいと思いますか?」
……これ、地味に鋭い。
というのも、私自身もそうだからだ。何かを教わるとき、「この人、苦労したことあるのかな」と思う瞬間がある。完璧な経歴の人に「大丈夫ですよ」と言われても、いまいち響かない。
でも「自分もダメだった」と言われると、不思議と信用してしまう。人間の心理って、たぶんそういうふうにできている。
松橋氏は半信半疑でホームページにダメダメ時代の話を載せた。結果、セミナーの申し込みが急増し、出版依頼まで来た。そこから著者人生が始まったという。
失敗は汚点じゃなくて研磨剤だ、と松橋氏は言う。うまい表現だと思う。ただ、これは「失敗を晒せ」という単純な話じゃない。
晒すには、まずその失敗を自分で受け入れないといけない。そこが一番しんどい。でも、そこを越えた先に、誰かの人生を変える物語が生まれる。
あなたの引き出しの奥に、まだ鍵をかけたままの「恥ずかしい過去」はないだろうか。それ、案外お宝かもしれない。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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