
メンタルクリニックの診断書問題
精神科の初診で、 「診断書をもらいに来ました」
という患者に対してどうすべきか、という議論を見かけた。個人的にはあまり経験しないが、いわゆる駅前メンタルクリニックには多いという話である。
会社を休むため、障害者手帳を取得するため、傷病手当を受給するため。動機は様々であり、受診する患者にとっては制度内での合理的な行動であり罪はない。それが問題であるとすれば社会制度の方である。
議論の背景には精神科診断の特徴がある。
それは、初診で病名が確定するとは限らない、ということだ。
うつ病、適応障害、双極性障害の抑うつ相か、統合失調症の陰性症状か——これらは症状の経過を見なければ正確な診断はできない。さらに、精神疾患は客観的な検査指標がなく、患者の訴えがそのまま診断の根拠になりやすい構造がある。初診のみで病名をつけ、診断書を発行するのは無理とは言わないが、実務上の要請があるとはいえ本来は慎重であるべきだ。
それが保険診療として多発している状況は、医学的としても医療経済的にも望ましいとは言えない。
この違和感を突き詰めた結果、一つの案にたどり着いた。
初診は、自由診療でいいのではないか。
「初診=診断行為」という原点回帰
保険診療の本来の趣旨は、疾病の治療に対する給付だ。
だとすれば、「これは病気か否か」を判断する初診の診察は、厳密には給付の前提条件であって、給付の対象そのものではない。 先述の通り、精神科では初診で確定診断が困難なことが多い。
しかし考えてみれば、これは身体科でも同じだ。胸痛で来た患者が狭心症かどうか、腹痛が虫垂炎かどうか、倦怠感が何らかの疾患を示すかどうか、初診のみではわからないことが多い。検査の結果やその後の経過を見て初めて診断が確定する、というのは自然な形だ。
そう考えると、初診とは、保険診療の対象になるかどうかを見定める段階とも言える。その見定め自体に診療報酬を投じるのは保険給付の本来の目的とは言い難い。
これらを合わせると
初診は自由診療。2回目以降、診断が確定した時点から保険診療を適用する。
というのが保険診療のあるべき姿と言えるのではないか。
患者負担は変わらない、変わるのはインセンティブだ
こう提案すると「自由診療にしたら受診できなくなる」という反論が想定される。だが、この制度設計の肝はここにある。
自由診療であっても、価格設定は医療機関の自由だ。
例えば、現行の保険診療における患者自己負担(3割)と同程度に設定すれば、患者の実質負担は変わらない。変わるのは、残りの7割を公費が負担しなくなる点だ。
つまり患者への影響を抑えつつ、公的医療費を削減することが可能になる。
同時に、必然的にクリニック側のインセンティブも変わる。
現在、初診を大量にこなして患者を回転させるビジネスモデルが成立するのは、初診でも保険点数が入るからだ。自由診療になれば、継続通院に至らない初診だけを集めても収益が伸びない。丁寧に診て継続的な治療を続ける医療機関が経営的に有利になる。制度により、医療の質が自然に選別される。
また、人気のある医療機関は初診料を高く設定する、などの需要と供給の調整機能も期待できる。これは価格による質の可視化であり、現行の保険診療では完全に失われていた機能だ。
市場の力とかかりつけ医制度
「医療は市場原理になじまない」という批判もあるだろう。情報の非対称性があり、患者は質を評価できない、と。
しかし受診するかどうかの判断においては、患者の自己判断は十分機能する。

医療を受けずにはいられないほど困っているから受診するのである。「なんとなく受診」を抑制することがこの制度の目的であり、その判断において患者は十分に合理的だ。
こう主張すると、日本医師会は「受診控えで健康悪化が懸念される」と反論するかもしれない。しかし、本当にそう懸念するのであれば、自由診療なのだから、自分たちで価格を低く設定すれば良いだけである。もしもそれをしないとすれば、懸念しているのは患者の健康ではなく、医院の保険収入の維持、と言っているようなものだ。保険料を使った受診誘導の誹りは免れない。
一方で、かかりつけ医の促進という面でも、この制度は有効である。
以下のようにシンプルなルールを設定するだけで良い。
- 同一医療機関での継続受診は初診扱いなし
- 紹介状があれば初診扱いなし
- 1年以上の受診空白があれば初診扱い
この三条件で、患者側に、かかりつけ医を持つインセンティブが生まれる。受診医療機関の集中と、継続的な受診をすることで、自由診療である初診を避けることができる。
救急は本当に心配か
「救急初診はどうするのか」という疑問も当然出てくるだろう。ここで参照すべき実例がある。
2024年6月、三重県松阪市の基幹病院が、救急搬送された患者の中で、入院に至らなかった軽症患者から7,700円の選定療養費を徴収する制度を始めた。結果、最初の3か月で救急車の出動件数は前年同期比で約2割減少した。一方、実際に料金を徴収されたのは搬送者の1割弱にとどまった。医師が緊急と判断した場合は免除されるためだ。
これが示すことは、救急搬送の約2割は本来不要であったと同時に、本当に重篤な患者は、金銭的障壁があっても救急車を呼ぶ、ということである。
患者は自らの重症度をおおむね判断できる。情報の非対称性を過大評価して、患者の自己判断能力を馬鹿にしてはならない。
重症で入院となった場合は選定療養費を入院費から相殺すれば、事後的な安全網として機能する。入院したら割引になるからと入院を希望する患者が増える懸念はほとんどないだろう。入院費の方が遥かに高くつく。自己抑制が働く設計となっている。
生活習慣病と予防医療の誤解
また、「初診自由診療にすると、生活習慣病の早期発見が遅れる」という反論もあるかもしれない。しかし無症状の生活習慣病は、まさに無症状であり、病気の前段階と捉えるべきである。症状のない状態での受診は、治療保険ではなく予防医療として考えるべきだ。そして残念ながら現時点では費用対効果はマイナスだ。
厚生労働省の資料によれば、特定健診・特定保健指導による医療費削減効果は約200億円。しかし保険者を含む総費用が約660億円、うち国費は約220億円。純損失は約460億円だ。
保険診療で予防を促進するという発想自体が、本来の目的から外れている。無症状の受診を保険で支えることに、財政的な正当性はない。
弱者への影響をどう考えるか
制度設計として最低限の安全網は必要だ。ただしその規模は、現行制度より遥かに小さくて済む。 小児については、すでに自治体ごとの医療費補助が機能している。その枠組みで対応できる。
生活保護受給者については、現行の医療扶助に月額上限を設けた一部負担を課すことで、過剰受診を抑制しつつ保護することができる。

高齢者については、この制度がかかりつけ医を促進することで、むしろ状況が改善する可能性がある。かかりつけ医が継続的に健康状態を把握し、必要な受診を勧める構造が生まれるからだ。
何より重要なのは、「弱者が受診できなくなる」という懸念が、患者の判断能力を過小評価したパターナリズムに陥りがちな点だ。松阪市の事例が示したように、人々は状況を自ら判断して行動を変える能力を持っている。
医療費膨張への、シンプルな一手
社会保障費が膨らみ続ける中、保険制度は「真に必要な人に保険を使う」という原則へ回帰すべきだ。
初診を自由診療とすることは、過激な医療費削減ではない。対象は初診の一回のみであり、継続的な治療が必要な患者への影響はほぼない。むしろ、診断が確定した疾患に保険給付を集中させるということは、制度の本来の姿である。
これによって多くの課題が同時に解決できる。
軽症・目的外の初診受診の抑制、初診回転型クリニックのビジネスモデルの解体、医療の質に応じた価格競争の実現、かかりつけ医制度の実質的な促進、公的医療費の合理的な削減。
複雑な制度改革を重ねるよりも、インセンティブの設計を変えるだけで、医療の構造は変わる。「初診は自由診療」という単純なルール変更が、その端緒になり得ると考えている。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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