米国はイラン・シーア派の「殉教の美学」を侮るな

パキスタンの首都イスラマバードで11日から米国とイランの間で戦闘終結に向けた交渉が始まった。米国からはバンス副大統領を筆頭に、ウィトコフ中東担当特使やトランプ大統領の娘婿クシュナー氏らが参加する一方、イラン代表団はイスラム革命防衛部隊(IRGC)出身のガリバフ国会議長やアラグチ外相らが交渉を担当する。米国はホルムズ海峡の封鎖解除と核関連開発計画の完全停止を主要テ―マとする一方、イラン側は対イラン制裁の解除やレバノンでのイスラエル軍とヒズボラ間の停戦を前提条件とするなど、米国とイランの間にはスタートポジションで大きな相違が浮かび上がっている。

パキスタンの仲介でイスラマバードで米イラン会議が開催、2026年4月11日、Tasnimu通信から

ところで、トランプ米大統領は10日、「要衝ホルムズ海峡を事実上封鎖して圧力を強めること以外、イランは何ら切り札を持たない」とSNSで強調し、米国側の停戦条件に応じない場合、イランを再度攻撃すると脅迫したが、トランプ氏を始めとして米代表団が従来の「力」を背景にした強気の交渉を展開すれば、イラン側との交渉が破綻する可能性が出てくるだろう。イスラム教の少数派シーア派の盟主イランにはサウジアラビアやエジプトなど多数派のスン二派とは異なり、「殉教の信仰」(アシューラー)という歴史的なアイデンティティがあるのだ。

イスラム教がスンニ派とシーア派に決定的に分裂する契機となった西暦680年の「カルバラーの戦い」を思い出してほしい。現在のイラク南部カルバラーで、ウマイヤ朝の第2代カリフ、ヤジド1世の軍勢と、預言者ムハンマドの孫であるフサイン・イブン・アリー率いる小さな部隊の間で戦いが行われた。同戦いは、アリー家(預言者の家系)を支持するグループ(後日のシーア派)と、ウマイヤ朝(後日のスン二派の体制側)にイスラム世界を決定的に分裂させた。

ウマイヤ朝の初代カリフ・ムアーウィヤが死去し、息子のヤジド1世が継承した際、アリーの次男であるフサインはこれを不当として忠誠を誓わず、ウマル・イブン・サアードが率いるウマイヤ朝と戦闘。ウマイヤ朝の圧倒的な大軍に包囲され、フサインを含む家族や少数の支持者全員が殺害されるか、捕虜となった。

ちなみに、戦いの場となったカルバラーは、現在もシーア派にとって最大の聖地の一つだ。 フサインが少数で大軍に立ち向かった故事は、現代の紛争でも「正義のための犠牲は勝利である」というシーア派の信仰を培っていった。

このシーア派の「殉教の信仰」は、現代においても「不当な支配や抑圧には屈しない」という政治的なエネルギーとなって発揮されてきた。例えば、1979年のイラン革命の時、当時の国王パフレヴィ―2世を「現代のヤズィード(フサインを殺した暴君)」になぞらえ、民衆の抵抗を促した。また、イラン・イラク戦争の時、「天国の鍵」を首にかけた少年兵が地雷原に突撃した際も、この殉教思想が精神的な支えとなり、犠牲を恐れずに戦い続けることが美徳とされた。

イランは、この殉教思想を共有するシーア派勢力(レバノンのヒズボラ、イラクの民兵組織、イエメンのフーシ派など)を結びつけ、「抵抗の枢軸」と呼ばれるネットワークを構築している。 彼らにとっての敵(主に米国やイスラエル)は、フサインを殺した暴君ヤズィードになぞらえられ、宗教的な使命として戦いが正当化される。 指導者が暗殺や戦死を遂げた際、それを「悲劇的な敗北」ではなく「栄光ある殉教」と位置づけることで、支持者の結束を促す。

「殉教の信仰」は、制裁や軍事的圧力に対しても、「正義のために苦難に耐える」という姿勢を崩さず、外交交渉において極めて強硬な立場を生み出す。 殉教思想はシーア派勢力にとって、軍事力だけでは測れない不撓不屈の精神を作り出すといわれている。

カルバラーの戦いの教訓は、「圧倒的に不利でも正義(信仰)のために死を選ぶことが最大の勝利である」というものだ。殉教思想が強く働くと、妥協は不正義への屈服(裏切り)と解釈されやすい。相手を「現代のヤズィード(暴君)」と定義してしまうと、対話の余地が消え、どちらかが倒れるまでの「聖戦」という性格が強まる。

イランのシーア派の「殉教の美学」を分析したペーター・J・チェルコフスキ教授、ウィキぺディアから

ちなみに、スンニ派にも「殉教(シャヒード)」という概念や信仰はあるが、その意味合いは異なる。歴史的にイスラム世界の多数派・支配層であったスン二派にとって、殉教は「イスラムの勢力を拡大・防衛するための手段」だったが、少数派として弾圧されてきたシーア派は、「負けると分かっていても正義のために死ぬ」という殉教に美学を見出す傾向がある。ニューヨーク大学(NYU)の名誉教授であり、イランの文化・芸術、特にシーア派の宗教儀礼と民衆演劇の研究における世界的権威だったペーター・J・チェルコフスキ氏はシーハ派の信仰について「殉教の美学」(aesthetics of martyrdom)という表現を使っている。

スンニ派政権の下で長い間弾圧されてきたシーア派は権力者に殺されたフサインの姿に自分たちの不遇を重ね合わせ、その悲劇を語り継ぐことで、集団としてのアイデンティティを保ってきた。「いつか正義の指導者が現れて世界を正す」という救世主信仰(マフディー信仰)と結びつき、不当な体制を覆そうとする爆発的なエネルギーを維持してきたわけだ。トランプ大統領はシーハ派の「殉教の美学」を侮っては危険だ。

イラン最高指導者モジタバ・ハメネイ師(Wikipedia)とトランプ大統領(ホワイトハウス正面)


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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