認知症受診拒否が招く殺人と老老介護の限界:精神科医が提案する最後の安全装置

東 徹

60年連れ添った妻を、夫は絞殺した

先日、こんなニュースが報道された。交通事故で徐々に身体の自由が効かなくなった妻を、87歳の夫が長年介護してきた。2020年頃から妻は認知症となり被害妄想が出現、介護保険による看護も介護も拒否し、病院受診も頑なに拒否した。途方に暮れた夫は昨年10月、思い余って妻を絞殺した。

痛ましい事件だ。しかし、これは特異な事例ではない。

私は精神科医として、認知症を日常的に診ている。入院診療、物忘れ外来、施設への訪問診療、そして往診。これらすべての形態で認知症に関わってきたからこそ、断言できる。

この事件は、現在の制度が抱える本質的な欠陥が引き起こした、半ば必然的な悲劇だ、と。

最大の問題「在宅で医療・介護を拒否する認知症」

認知症の問題は幅広い。だが今回論じたいのは、最も対応困難な問題——在宅で、医療も介護も拒否する認知症の人の話だ。

病院に来てさえもらえれば、道はある。精神保健福祉法のもとで、精神保健指定医と家族が同意すれば、本人が拒否しても「医療保護入院」という形で治療につなげることができる。人権上の慎重さは当然必要だが、それでも「手段がある」という点において状況は全く異なる。

問題は、病院に来ることを拒否する場合だ。この場合、現在のところ、合法的に治療につなげる現実的な手段がない。 だから、自宅で火事を起こして無為に亡くなる。餓死する。あるいは介護者が追い詰められ、殺人に至る。

制度はある。だが機能していない

「強制的に病院へ連れて行く法律があるではないか」と思うかもしれない。その通りだ。精神保健福祉法34条の「移送」がそれに当たる。医療的必要があれば行政職員が病院まで連れて行ける、という制度だ。

しかし、機能していない。

少なくとも私が住む京都市では、令和5・6年度の保健所事業報告においてこの34条移送の件数はいずれも0件だった。全国的に見ても、実施件数は極めて少ない。実施件数が極めて少ないという事実そのものが、制度の萎縮を示している。

では京都市の実態はどうか。受診拒否の連絡を受けた保健所職員が複数回訪問し、受診が必要と判断する。そのうえで家族が本人を連れて行き、職員はそれに「伴走する」。

……一体、何の意味があるのか。

家族が連れて行けるなら、最初からそうしている。できないから頼んでいるのだ。伴走するだけなら来なくていい。これが34条移送の実態だ。

制度がないのではなく、制度はあるが機能していない、というのが正確な表現だ。

現場で何が起きているか

困った家族は、かかりつけ医や地域包括支援センター、認知症初期集中支援チームに相談する。そして「受診を勧めてもらう」。しかし当人は行かない。で、終わる。

往診してくれる精神科医がいれば状況は変わる。往診で診察が入れば、介護保険の申請、訪問看護の導入と、複数のスタッフが合法的に関われるようになる。そもそも医師が診察しなければその先の制度に進めない、という医療制度自体も問題だが、ともかく医療に繋げることができ、服薬ができれば精神症状(BPSD)を落ち着かせることも十分可能で、そこから入院できるケースも多い。

しかし、往診をする精神科医は極めて少ない。私はその少数派の一人だ。

それでも、往診しても誘導しきれない場合がある。ユマニチュードをはじめとした認知症ケアの技法を駆使しても、全ての関わりを拒絶する人がいる。

無理やり連れて行けば拉致だ。救急車は拒否している人を運べない。警察は暴力的な人は制止できるが、認知症の人を連行する権限はない。34条移送は前述の通り機能していない。

現場ではこの隙間を民間救急が埋めてきた実態もある。

行政が本来担うべき移送の責任を放棄している隙間を、民間救急がグレーな形で埋めざるを得なかったということだ。しかしコンプライアンスが厳しくなる中、それも限界を迎えつつある。

搬送できても、病院が断る

かろうじて搬送にこぎつけても、次の壁がある。受け入れてくれる病院があるとは限らない。

私自身が経験したケースを挙げる。ある公的精神科病院になんとか本人を連れて行ったが、検査を拒否する本人に対し、「今日は調子が悪いようですので、もう少し調子の良い日に連れてきてください」と言われた。

……そういう状態だから連れてきているのだ。

搬送には事前に病院と打ち合わせが必要で、当日いきなり入院させてもらうことは難しい。病床が空いていなければそもそも断られる。

病院は受け入れていない患者を診る義務はない。断っても困らない。

要するに、搬送体制だけでなく、受入体制もまた崩壊している。

なぜこの問題が放置されてきたか

理由は二つある。

一つは、精神科医療側の視野の狭さだ。現在の精神科医療政策は、病院や外来に到達した患者を前提に設計されている。だが実際に最も困難なのは、そこにすら到達しない在宅拒否例である。政策形成の中心に、この層への視点がほとんど組み込まれてこなかった。

もう一つは、強制医療への忌避感だ。患者や家族が忌避するのはある程度仕方ない。しかし、WHOや患者権利運動は率先して、強制入院・強制治療を人権侵害として批判してきた。

強制入院・強制治療への批判は重要である。だがその議論は、判断能力が比較的保たれた人の自律尊重を中心に組み立てられてきた。重度のBPSDで生活が破綻し、介護者も限界に達している認知症高齢者の問題は、その枠組みだけでは捉えきれない。

提案:認知症保健福祉法(案)

では、どうすればいいか。私は以下の法律案を提案したい。現行の精神保健福祉法を拡張する形で、在宅拒否の認知症に特化した移送・入院の根拠を整備するものだ。

【認知症保健福祉法(案)】

  • 要請:精神保健指定医が往診し、認知症の疑いがあると診断され、かつ生活の維持が困難であると判断したにもかかわらず本人が受診を拒否する場合、行政職員に認知症指定病院への搬送を要請することができる。
  • 搬送:要請を受けた行政職員は、当該要請が法定の要件を満たし、かつ明らかな虚偽又は重大な手続上の瑕疵がない限り、警察の援助を求めて認知症指定病院への搬送を実施しなければならない。
  • 入院判断:搬送後は、別の精神保健指定医1名以上が診察する。入院加療が必要と判断した場合、家族または市長の同意があれば、本人が拒否しても入院させることができる(認知症保護入院)。
  • 診断確定:入院後1週間以内に身体検査を行い、認知症の診断を確定する。
  • 事後審査:入院1〜2週後には、別の行政職員・精神保健指定医が病院を訪問し、診断・精神状態・生活状況を確認する。入院が不適当と判断された場合は退院させる。
  • 同意の撤回:なお、上記のいずれの時点においても、家族が搬送・入院・加療に同意しない、あるいは同意を撤回した場合は、その時点で本人の意思に従わなければならない。

移送の主体について補足する。現行制度では、警察は移送の補助的な位置づけにとどまっている。だが私はそれでは不十分だと考える。強く拒否し、時に暴力や逃走の危険もある人を安全に移送する実務は、医療や福祉の専門性とは異なる能力を必要とする。それは本来、警察権限を持つ組織が担うべき仕事だ。行政の判断のもとで、警察がより主体的に関与できる仕組みへと改めるべきだ。

安易な入院を防ぐため、この案では「家族・精神保健指定医3名・行政職員2名・警察」の関与を不可欠としている。事後的な審査も組み込まれている。客観性はかなり担保される。認知症指定病院は、基準を厳しめに定めた精神科病院を充てればよい。

精神科病院での治療は、そう悪いものではない

強制入院と聞くと、暗いイメージを持つ人も多いだろう。しかし実態を知ってほしい。

認知症の周辺症状(BPSD)の治療で主に用いるのは鎮静系の薬だ。使用量は統合失調症の治療と比べてはるかに少なく、精神科医にとって薬物調整は日常診療の範囲内だ。適切に投与すれば、概ね1ヶ月以内に精神状態は落ち着いてくる。認知症の中核症状は治らないが、不穏・拒否などのBPSDは改善できる。

治療の過程で一時的な隔離や身体拘束を要することもある。しかしそれが長期化することはほとんどない。落ち着けば、ニコニコと談笑して過ごせるようになる人も少なくない。そのあとで自宅に帰るも良し、施設への移行を家族と相談するも良し。

精神科病院への入院は、忌避するだけのものではないのだ。このことを、一般の方も、精神科以外の医療者も、もっと知ってほしいと思っている。

社会全体の問題として

この提案は、強制治療を広げたいわけではない。在宅で医療・介護を拒否する認知症の人が、命を落とさないために。そして介護者が「殺人」に追い込まれないために。最後の安全装置を、公的責任で整備しようという話だ。

現行法に条文がないわけではない。34条移送も医療保護入院もある。しかし在宅で受診を拒否する認知症高齢者に対しては、指定医診察・行政判断・搬送体制・受入病院のそれぞれに課題があり、本人と家族を救う制度として機能していない。

対案があれば教えてほしい。この問題への社会的な関心が高まらない限り、解決は得られない。

ぜひ一緒に考えていただきたい。


編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。

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