保守という言葉のインフレにどう対抗するか:『世界から見た日本の保守』

谷本真由美『世界から見た日本の保守』(扶桑社BOOKS新書)は、日本で「保守」と呼ばれているものの多くが、実は「保守」ではないという厳然とした事実を指摘した本である。結論からいうと、日本の「自称保守」はかなりの部分が誤解か、あるいは意図的な言葉のすり替えだ。


世界から見た日本の保守

一般に日本で「保守」というと、右翼とかナショナリズムとか、あるいは「外国が嫌いな人たち」というイメージが強い。しかしこれは戦後メディアが作ったステレオタイプで、本来の保守主義とは関係がない。著者がいうように、「保守」とは「時間をかけて蓄積された制度や慣習を尊重する」という、きわめて常識的な考え方である。

この点で重要なのは、保守主義が一種の「実証主義」だということだ。人間の理性は不完全だから、思いつきの制度設計よりも、長い時間をかけて試行錯誤されてきた仕組みのほうが合理的である可能性が高い。これはエドマンド・バーク以来の伝統的な考え方であり、欧州社会ではかなり共有されている。

ところが日本では、この「経験に基づく合理性」という発想がほとんど理解されていない。かわりに出てくるのが、「とにかく守れ」というスローガンである。しかし「なぜ守るのか」という問いがなければ、それは単なる思考停止だ。著者が指摘するように、これは「保守」ではなく「政治的狂気」に近い。

さらに問題なのは、排外主義やポピュリズムが「保守」の名で流通していることだ。「移民はいらない」「外国が悪い」といった言説は、単なる感情の発露であって、制度の安定や社会の持続性とは何の関係もない。むしろ交易や技術などの交流を阻害するという意味で、「保守」とは逆の方向に働く。

この点で本書の指摘は本質を呈示しており、日本の言論空間では「保守」という言葉がインフレを起こしていることを白日の下にさらしている。何でもかんでも「保守」と呼ぶから、概念の中身が空洞化しているのだ。これは経済政策の「バラマキ」がお金の価値を毀損させることと同じように、言葉の真の価値を毀損させる。

segawa7/iStock

欧州の「保守」が常に合理的で実証的かというと、現実にはそうでもない。しかし、少なくとも「経験とデータに基づいて判断する」という原則が共有されている点では、日本より一貫しているのは確かだろう。

本書の意義は、「保守」を「感情」から切り離し、「制度と知識の蓄積」として再定義したことにある。これは当たり前の話なのかもしれないが、日本ではこの当たり前が通用していない。そういう意味で、本書は「忘れられていた常識」を回復する試みといえる。

結局のところ、「保守」とは「変えるな」という思想ではなく、「変えるなら理由を示せ」という態度である。この最低限のルールすら守られていないのが、今の日本の「保守」だろう。


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