人材紹介業者は悪者なのか:採用競争に負けた病院を価格統制で救うな

東 徹

手数料900億円は本当に「悪」なのか

看護師らを採用するために医療機関が人材紹介業者へ支払う手数料が、年間で900億円に迫るという。日本医師会は手数料の上限規制を厚生労働省に要望し、厚労省はハローワークの機能強化に動き出した。

医師・看護師らの紹介手数料が年900億円、病院経営を圧迫…無料のハローワーク機能強化へ
【読売新聞】 看護師や医師らを確保するため人材紹介業者に支払う手数料が膨らみ、医療機関の経営を圧迫していることから、厚生労働省は今年度、手数料が無料のハローワークの機能を強化する。支払われた紹介手数料は全国で年計900億円に迫り、医

しかし、これは本当に「問題」なのだろうか。

人材紹介手数料は、医療機関が人材紹介業者に支払うマッチングサービスの対価である。求職者は利便性の高い転職支援を選び、医療機関は自力で採用できないからそのサービスに対価を払っている。要するに、医療機関の側に「業者に頼まないと採れない」という事情があるだけの話だ。

それを「業者の取り分が大きすぎる」と行政が価格に介入し始めたら、それは飲食店が店員を採れないから求人サイトの掲載料を国が規制せよ、と言っているようなものではないか。問題の本質は紹介業者にあるのではなく、医療機関の採用競争力の方にあるのではないか。

医療だけが搾取されているわけではない

まず最も基本的な事実を確認したい。

厚労省の資料によれば、平均手数料率実績は看護21.6%、医師22.0%、全職種平均は24.0%である。つまり医療職は他業種より「むしろ低い」のだ。看護で20.1〜30.0%レンジが77.5%を占めるが、これは他業種と比較して特別異常な水準ではない。

要するに、「医療だけが業者に搾取されている」という議論は、データが支持していない。医療機関が採用競争で他業界に負け、紹介会社に頼らざるを得なくなっているだけの話である。

無料紹介ルートはある。だが民間に負けている

「業界として何もしていないわけではないか」という反論もあるだろう。

実際、日本看護協会のナースセンター・eナースセンター、日本医師会のドクターバンクなど、無料・公的な紹介ルートはすでに存在している。やっていないのではない。これらが民間紹介会社の利便性・営業力・マッチング力に劣後しているだけだ。

つまり業界団体は競争に負けている。ならば、まず問われるべきは無料紹介ルートの利便性、営業力、マッチング力の改善である。

民間より劣る公的サービスを強化することと、民間紹介業者の手数料を規制することは、まったく別の問題だ。前者は工夫の余地があるが、後者は市場価格への介入であり、行政がやるべきことではない。

規制コストはどの業種も自己負担している

「医療には看護師の配置基準など不可避なコストがある」という主張もある。

だが飲食業には食品衛生責任者の配置義務や衛生管理コストがある。製造業には安全管理者・衛生管理者の配置義務がある。建設業には作業主任者の配置義務がある。どの業種も、規制に伴うコストを自ら吸収して経営しているのだ。

医療だけが「規制があるから苦しい」と行政の保護を求める理由はどこにあるのだろうか。

医療機関に残された自助努力

医療機関にできることは、実はまだまだ多い。

自院ホームページでの直接募集の強化、直接応募者への給与上乗せ、職員個人による紹介への紹介料支給、労働条件の改善、病院ブランドの構築。求人広告に手数料2割を払えるなら、入職者に同額のサインアップボーナスを払う方が安く済む場合だってある。

これらを徹底的に尽くしたうえで「それでも手数料が高い」と言うなら、まだ分かる。しかし現実には、多くの医療機関がここまで踏み込んでいない。

要するに、自助努力の余地を残したまま行政に救済を求めているわけだ。これを経営責任の放棄と呼ばずに何と呼ぶのか。

本当に求めるべきは収入側の自由化だ

ここまで来ると、医療機関が苦しい本当の理由が見えてくる。それは、収入は公定価格、支出は市場価格、という非対称構造である。

ならば求めるべきは、支出側の価格統制ではなく、収入側の自由化だ。具体的には混合診療の解禁と追加サービス料の自由化である。

「精神科や慢性期の患者は購買力がない」という反論もあるだろう。しかし現場ではすでに、おむつ代、病衣貸与代、テレビ代、理髪代、文書料など、各種の追加サービスが実費徴収という形で存在している。払える患者から対価として徴収しているわけだ。これは不要なサービスを強制するぼったくりではない、患者が望むサービスの対価である。徴収できるサービスの幅を広げる工夫こそが、経営努力ではないか。

支出側に新たな価格統制を加えるのではなく、収入側の自由化を求める。これが筋というものだ。

市場原理は医療を壊すのか

ここで必ず出てくる反論がある。「医療は特殊だから市場原理は通用しない」というものだ。情報の非対称性、参入障壁、緊急性、保険制度の歪み、外部効果──こうした理由が並べられる。

しかしこの議論には多くの疑問がある。私は以前、別のコラム「医療に市場原理は働く」でこれを詳しく検証した。要点だけを述べる。

医療に市場原理は働く|東 徹 精神科医
津川先生により、医療サービスに市場原理が通用しない理由がまとめられています。↓ 非常にわかりやすくまとめていただいていますのでご一読ください。 その中では以下のものが代表的な理由として挙げられています。 ① 不完全で非対称な情報(Imper...

情報の非対称性なら水回り工事や弁護士相談にもある。それでも市場原理は働いている。参入障壁が問題なら緩和すればよい。緊急性が問題なら救急のみインフラ整備すればよい。実際、慢性期の生活習慣病や外来診療には緊急性も判断困難性もほとんどない。にもかかわらず「医療」を一括りにして市場原理を全否定するのは、議論を放棄しているに等しい。

そして「市場原理=弱者切り捨て」という誤解にも触れておきたい。市場原理とは、要するに「良いサービスを安く提供する者が選ばれる仕組み」である。競争があるからこそ価格が下がり、質が上がる。本当に支払い能力のない人をどう支えるかは別の話であり、それは生活保護や医療扶助、自治体支援などのセーフティネットの設計問題だ。医療提供体制全体を統制経済化する理由にはならない。

つまり、医療のすべてに市場原理を入れろという話ではないのだ。救急・急性期・感染症はインフラとして公的に支え、それ以外の領域では市場原理を活用する。それで十分機能する。

競争に負けた病院は淘汰されるべきだ

そもそも日本は精神科を含む慢性期病床が過剰である。

たとえば、地域に空床を抱えた病院が4つあるなら、そのうち1つが退場して3つに患者と人材が集約される。これは医療崩壊ではなく、供給体制の適正化だ。むしろ過剰な体制を維持し続ける方が、人材も税金も無駄遣いになる。

厚労省の地域医療構想も同じ方向性を示しているが、本来は国が「正しい集約化」を細かく決めるのではなく、医療機関の経営努力と地域の選択に委ねるべきだ。地域医療に不可欠だと考えるなら、自治体が自らの判断で支援すれば足りる。それすらできない自治体は限界を超えているのであり、地域ごと集約化を目指すべきである。

夕張市は2007年に財政破綻し、171床あった市立総合病院は閉鎖、19床の診療所に縮小された。病床は9割減である。それでも住民の健康指標は大きく悪化しなかった。

この例は、医療資源の縮小が直ちに地域医療の崩壊や住民の健康悪化を意味するわけではないことを示唆している。もちろん夕張をそのまま全国に当てはめることはできないが、「病院を守ること」と「住民の健康を守ること」は同じではないのだ。ハコモノの維持ではなく、医療機能の適正化こそが論点である。

救急・急性期の経営難は別の論点である

「人材紹介手数料のせいで救急や急性期が潰れる」という議論もあるかもしれない。だがこれは因果が逆だ。

救急・急性期の経営難の本質は、診療報酬配分の問題である。慢性期や外来偏重を見直し、救急・急性期・周産期など真に必要な機能に報酬を再配分すべきだ。これは手数料規制とは無関係の論点であり、混同して市場介入の口実に使うべきではない。

行政がやるべきは規制緩和である

人材紹介手数料は市場価格である。公的・無料紹介ルートが民間に負けているなら自ら改善すればよい。医療機関が苦しいなら収入側の自由化を求めればよい。採用競争に負けた病院を価格統制で救う必要はない。

市場原理は弱者を切り捨てる仕組みではなく、限られた医療資源を最も必要な人に届けるための仕組みである。それでも漏れる人はセーフティネットで支える。これが筋の通った制度設計だ。

行政がやるべきことは、価格統制ではない。医療機関が自ら稼ぎ、自ら選ばれ、自ら淘汰されるための規制緩和である。


編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2025年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。

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