我々のほとんどは昭和、平成、令和生まれであります。日本の歴史を辿ってみてもなるほど様々な戦いや陣地争い、主導権争いはあったものの基本的には人間生活に於いて極端な変化がもたらされたわけではありません。
もちろん、今の価値観でモノを見ているので例えば遣唐使や遣隋使を通じた大陸文化伝来や鉄砲伝来、更には黒船がもたらした文化革命的事変はすさまじい影響力がありましたが、よく考えればそれらは海外ではすでに起きていた事象であり、たまたま日本人は知らなかったというだけの話であります。

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我々の時代に地球規模で大きな変化がもたらされるようになったと感じるのはもしかしたら大げさで言い過ぎとご指摘を受けるかもしれません。しかし、私が思うだけでもウィンドウズ95がもたらしたコンピューター時代、スマホの核心的進化、更にはAIといった技術革新は人間の仕事や作業を楽にするという画期的成果をもたらしました。
環境についてはどうでしょうか?地球温暖化を否定するかどうかは個人のご判断ですが、事実として平均気温は上がり続けています。今年の夏もエルニーニョ復活で相当暑いとされ、世界が身構えます。カナダでも雪が降らなくなったり、雪質が悪くなり、遂にカナダ人がスキーは北海道へ、の時代でバンクーバーから札幌直行便が冬の間、飛ぶようになります。
今般のイラン戦争についてその戦争そのものの行方に目を奪われていますが、その横で再び再生エネルギーが静かに注目されつつあります。再生エネルギーのレノバという会社の株価もイラン戦争勃発時から既に2倍近くに上がっています。その意味するところは化石エネルギーからの多様化を急がねばならないということでしょう。
ご承知の通り中国は国を挙げて再生エネルギーの推進に取り組んでいますが、アメリカは豊富な地下資源の開発をさらに進める方針です。短期的にはアメリカに分がありそうですが、長期的にはどう見ても化石エネルギーに頼らない時代に歩を進めていくことになるのでしょう。この辺りの議論も我々の時代に急に起こった話題であり、まさに渦中に巻き込まれているとも言えます。
今は流行らない「グローバル化」という言葉ですが、それは言葉が陳腐化しただけで実際にはグローバル化は何らその速度を落としたわけではありません。日本企業は数々の外国企業を買収し続け、提携し、海外事業にまい進しています。日本に来る外国人観光客の数は相変わらずで、夕方の成田発のスカイライナーは満席で乗れない状態になりつつあります。ある意味、グローバル化は加速すらしているのです。
私は小さい頃、都内の商店街に住んでいたわけですが、それでも外国人を見かけることはたまにしかありませんでした。今、私が日本訪問時には必ずいく明治神宮は外国人観光のメッカとなり、ざっと見て参道を歩く8割が外国人であります。これだけの変化がほんの20年ぐらいのうちに起きたわけです。
以前もお話ししましたが、文字を使う文明が出来たのが、今から5-6000年前とされます。そしてその間、革命的変化、産業革命や工業、産業の発達、知的文化的変化、人間とは何かという哲学の思想も深まりました。しかしそれらの多くは長い時間をかけて熟成されたものであり、ゆっくりと変化したものです。
近年の3つの戦争では人が戦場の最前線に立つというよりより近代的兵器やドローンの出現で人的被害はかつての戦争とは比較にならないほど少なくなってきています。つまり戦争そのものも変わってしまったのです。
これらが僅か50年ぐらいの間に急激に凝縮され、しかも一人の人間が生きている間に全部引きこされているという事実は実に複合的であり、かつ個々の人間がたやすく解を見出せない時代に突入したと考えています。
我々は時代に踊らされているのか、と言えばYESと言わざるを得ないのです。いや、むしろ洗濯機の渦の中に取り込まれて自分ではどうにもできない状態にあると言った方が良いのかもしれません。価値観の変化は思った以上に急激に訪れており、我々子孫への伝承もA→A’だったものが、A→BとかMとか場合によってはZまで飛びつつあるようです。つまり伝承すらままならないのかもしれません。
お前の結論は何処にあるのか、と言われれば正直ありません。極めて哲学的で抽象的な考えが思いつく程度でしょう。私にはさまざまな変化を体系的に捉える機会がなかなか少ない中で一つの視点として皆様と共有し、考えるきっかけになればと思った次第です。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年5月20日の記事より転載させていただきました。






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