富裕層は資産1億円ではなく「2億円から」

黒坂岳央です。

日本経済新聞が「いつの間にか富裕層」という記事を掲載し、話題を呼んでいる。

株式相場の上昇を背景に、普通の会社員が金融資産1億円を超えるケースが増えているという趣旨だ。だが筆者は記事を読んで違和感を覚えた。「いつの間にか」ではなく、「ものさしが古いだけ」ではないかと。

野村総合研究所が「純金融資産1億円以上が富裕層」と定義したのは2005年のことだ。以来21年、この数字は一度も更新されていない。その間に物価は上がり、円安は進み、東京のマンション価格は2.3倍になった。

1億円という絶対額に惑わされるのは、昔の基準の古いものさしで身長を測って「背が伸びた」と喜ぶのと変わらない。2005年の1億円世帯の生活水準を送るとなると2億円、東京なら3億円は必要になる。

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2005年と2026年の1億円の購買力

総務省の消費者物価指数で測ると、2005年から2026年の物価上昇率は約23%だ。単純計算で2005年の1億円は現在の1.23億円に相当する。

ただし、このCPIには落とし穴がある。持家の帰属家賃が含まれ、実際の生活費の上昇を過小評価する構造になっているためだ。エネルギー・輸入財・外食など、富裕層が実際に消費する財の価格上昇率は40〜50%に達する。

さらに円安による対外購買力の毀損を加えると、2005年の1億円が持っていた実質的な購買力を現在再現するにはざっくり、2億円くらいを見ていれば妥当だろう。

1億円以上を保有する「富裕層以上」の割合は、2005年の1.8%から2023年には3.0%に増加した。富裕層が増えたように見えるが、この数字にはトリックがある。

基準を2億円に引き直せば、1億〜5億の分布を考慮すると該当世帯は半分以下になり、割合は1%台前半まで落ちる。2005年の1.8%より低い。つまり「富裕層が増えた」のではなく、「富裕層のハードルが下がった」という表現が妥当だ。

株高と円安で名目の数字は膨らんだが、買える家・買えるサービス・維持できる生活水準は20年前より厳しくなっている層が多い。名目1億円資産に到達した人も、いざ家を購入する段階で「理想を詰め込んだ家」を買うには明確なハードルがあると感じるだろう。

不動産が示す残酷な現実

最も分かりやすいのが不動産だ。2005年当時、東京23区の新築マンション平均価格は4500万円前後だった。1億円の資産があれば、家を買い、残り5000万円以上を運用に回すという「典型的な富裕層ライフ」が成立した。

2024年、東京23区の新築マンション価格指数は2005年比で237となり、過去最高を更新した。平均価格は1億1000万円を超え、都心3区である渋谷・港・千代田では平均2億6000万円超の水準である。

2億円を持っていても、都心に良い家を頭金を出して買えば手元にはほぼ何も残らない。生活費も高い。こうなれば運用で増やすどころではない。

筆者は地方に住んでいるのだが、高級住宅街で売りに出されている物件と同じ水準を東京で買おうとするとプラス1-2億円は必要になる。東京の物件価格は同じ国とは思えない高さだ。この価格差はそのまま、「地方と東京では富裕層に必要な額が一億円違う」という根拠になっている。

2005年に「1億円あれば都心に家を買い、残りを運用できた」という富裕層の定義が、今の東京で機能しないのは数字を見れば明らかである。

東京なら3億円、地方なら2億円

ただし「富裕層の基準」は居住地によって変わる。

同じ地方でも都会、たとえば福岡・大阪・名古屋クラスであれば、2億円あれば頭金を出して広い一戸建てを現金で購入しても、まだ1億円以上が手元に残り、2005年の1億円富裕層を上回る生活が可能だ。

これらのエリアはインフレ・円安の影響を受けつつも、不動産コストが東京と比べて圧倒的に低いためだ。

その一方で東京都心、特に渋谷区・港区・千代田区を生活圏として富裕層ライフを送るなら話は変わる。マンションだけで2〜3億円が消え、子どもの教育費・生活費・運用資金を賄うには2億円でも足りず、3億円は必須という感覚だ。そうしなければ「家を買って終わり」になるからだ。

「東京なら3億円、地方なら2億円」これが、インフレと円安と不動産高騰を素直に織り込んだ2026年版の富裕層定義と筆者は考える。

「いやいや、それでも足りない。3億円は必要。いや5億円は必要」といった反論も想定されるが、本稿で取り扱う定義はあくまでNRIが2005年に定めた「富裕層」である。円の購買力やCPIなど総合的に考えると、地方ベースなら2億円くらいが妥当だ。それ以上のオーダーとなれば、超富裕層の区分に譲るべきである。富裕層と超富裕層はまったく違うのだ。

日経新聞の「いつの間にか富裕層」という表現は、ある意味では正確だ。円安でかさ増しされているだけだ。いざ、1億円を保有してみると「自分はお金持ち」というより「良い家を買うとなくなる金額」という感覚を覚える人が多いのではないだろうか。

自分の資産が本当の意味で「富裕層レベル」かどうかは、名目の数字ではなく、買える不動産と維持できる生活水準で測るべきだろう。2005年に出来た古い基準はもう使い物にならない。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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