現代的な問題を複数抱える巨人・阿部慎之助監督の逮捕劇

終わりそうで終わらないイラン戦争ですが、停戦合意した時点で外交マターに切り替える余裕ができた点が重要ではないでしょうか?戦争になるかどうかは昔から外交と実力行使とのバランスの問題ですが、イラン戦争は双方とも再び戦う選択肢が実質的になさそうで、交渉ステージを残すのみとみています。ところでこれを機に武器ビジネスが注目され、日本もそれにあやかろうという動きもありますが、正直、日本が作れるのか私は疑問なのです。あれは実戦で試行錯誤を繰り返すことで性能が上がるので、ほとんど使うことがない高度な武器はふたを開けたら機能しなかったとならないとも限らず、ここをどう克服するかがポイントになると思います。

では今週のつぶやきをお送りします。

どうする為替対策

為替対策が可能なのか、これがそもそもの話です。財務省による為替介入があるじゃないか、と言われますが、これは例外的な一時的措置と考えるべきものです。IMF的には為替介入は何度やってもペナルティがあるわけではないですが、それを繰り返せば自由変動相場制(clean float)から変動相場制(managed float)にニュアンス的なカテゴリーチェンジになります。G7の一角であり国際通貨の一翼を担う円が韓国ウォンやスイスフランと同等となるべきか、ここは日本のプライドの問題となります。もう1つはかつてイエレン氏が財務長官の時、「Intervention should be rare and exceptional」と述べ、介入は稀で例外的と言ったその意味は「節度を保て」ということであります。

5月に11兆円を使って為替介入をしたのですが、毎度のことながら成果は「短命」ですが、今回は投入額に比してより短命だったことで「上手だったとは言えない」という評価になっています。最もヘタを打ったと思われたのが財務大臣と財務官が「最後通牒」なる予告をしたので介入インパクトがかつてに比べて小さくなったのです。私から見れば「優しすぎるお母さんとお父さん」であります。つまり何をしたかったのか、今思えば「不用意に円を売るのはよしましょう」とお触れを出すようなものでそれを聞きつけた金の亡者は「そうか、やっぱり円のファンダメンタルズは弱いのだな」と思わせてしまったようです。

これに対して「日銀が金利を上げればいいじゃないか」という声が高まっています。私は結果として利上げになったとしても日銀の仕事は為替防衛ではないと明白にすべきだと思います。日銀の金融政策は雇用と物価なのです。FOMCのインタビューを毎度のように見ていますが、ドルが強すぎるとか新興国があえいでいる情勢の際も一言もそれに対してコメントすることはありませんでした。為替は政府の政策に基づくところが大きく、現在の円安が限度を超える兆候があるならそれは市場が政府の政策に疑義があるとみているのです。海外でマネーを扱うトレーダー達は実にシビアでドライであります。

阿部慎之助氏の逮捕劇

今週の社会ニュースとしてはこれが一番注目されたのではないでしょうか?私は衝撃の一夜からその後の展開があるのか着目していたのですが、現状、大きな動きはありません。その期待した動きとは「辞任はやりすぎだろう」という巻き返しであります。社会は「逮捕」という言葉に異様に強い反応を示し、殺人犯も今回の事件も同じ意味合いで捉え、「人生の一発退場」を意味します。完璧な人間などいないのです。些細な問題に対して人生の汚点となるような「逮捕」が正しい処遇だったのでしょうか?

今回の一件は現代的な問題を複数抱えています。1つは解決策をチャットGPTに頼るという単純行動に走ったことです。昔なら友人に電話をかける、母親に仲介を求める、3日ぐらいふて寝するなど本人が心の対話を時間をかけて行うプロセスがありました。ところが今は即答を期待する社会となり、児童相談所に連絡したら、というAIの声に素直に反応したことに娘さんの判断基準は短絡的すぎなかったかという残念な行動です。

もう1つは相談を受けた児童相談所がマニュアル規定に近い反応を示し、「こういう場合は警察に連絡しないと不作為になる」と判断したことです。これでは児童相談所ならぬ自動通報所で相談を介していないのです。このような相談内容に対して児童相談所では責任を持てないというならAIの判断が間違っていたとも言えます。そして通報を受けた警察ですが、家を訪れた際に逮捕しなくてはいけない状況だったのか、警官は判断が出来なかったのか、であります。報道から推測するに娘さんは父親の逮捕を望んでいなかったはずであり、私から見れば不当逮捕に近いのだろうと思います。全てに言えるのは誰もモノを考えず、機械的な行動規範となり、起こるべくして起きた一件だろうと思います。これは財布は大きいのに懐と肝が小さい巨人のフロントも含めて、と言うことであります。

まだ多いのか、減りすぎるのか、日本の人口1億2304万人

人口の話題は出生者と死亡者数の報道がでる度になんらかの話題を振ってきたので今回の国勢調査による2025年の日本の人口の話に特にインパクトはありません。調査はその人口がどこに分布しているかという観点が主体であります。毎度のことながら東京と沖縄だけはプラスであとはマイナス。そして秋田、青森、新潟、高知あたりが減少トップクラスの常連県。報道は〇人減ったという観点で見ますが、減るのを止められない以上、国家のビジョンとして何をすべきか打ち出すべきでしょう。元総務相の増田寛也氏が「下水道は人口の少ないところは浄化槽による個別処理に切り替えることも選択肢」(日経)と述べていますが、このような発言や施策案を政府から聞きたいものです。

政府は少子化対策と言いますが、行っている対策は子育て対策であり、少子化対策ではありません。では少子化対策は可能か、と言えば小手先のことはできるかもしれませんが、原則不可能です。人口を増やすのは人間個体がもつ種の保存の意識を芽生えさせる必要があり、戦争や疾病の蔓延などによる社会の強い不和や不安感が種を増やそうとします。戦国時代から江戸時代には殿様は正妻から側室まで入り乱れての「産めよ増やせよ」でしたが何人産んでも足りなかったのは成人になれる率が5割程度だし、50歳過ぎには死んでいたのです。今は健康な赤ちゃんがすくすく育ち、そのまま90歳、100歳まで生きるのです。これでは「子孫を増やす前に自分の身を守る」になってしまうのは当たり前であります。

では人口は1憶人でも8000万人でもよいのか、というと違う理由で困るのです。それはこれだけ作ってしまったインフラを誰がどうやってメンテするのか、という問題です。廃墟、廃村が今後当たり前になり熊が跋扈するのです。もうこのブログで15年以上前から言っているようにコンパクトシティを国が中心となって推し進め、一部の開拓地は原生林に戻すことも考えなくてはいけないでしょう。若者は刺激を求め、大都市への流入が止まらず、地方都市の高齢化、過疎化は今後、加速度的に進みます。JRは新幹線の運行会社に成り代わるかもしれません。ある意味、国家再構築が国家存続を含めた最大の課題なのですが、政治家も政府も鈍いですよね、こういう話には。

後記
FIFAから連絡がありEVチャージャー付き駐車場を期間中、専用貸し切りしてくれ、と。それを言われて「あぁそうだよな、サッカーが来るんだ」と思い出しました。今日のCBCの報道には「トロントでのゲームはチケット売れ残りあり、だけど高すぎて買えず」と。そこでバンクーバーのチケットもチェックしたところ、行けるんですよ、金さえ払えば。一番安くて1枚4万円。二次予選だと1枚15万円ぐらいから。これ正規ルートです。にわかファンになってパブリックビューイングぐらいは行ってみたい気もしますし、スポーツバーで観戦もしたいけれど大混雑が確定的なら事務所に集まって飲み物と食べ物を持ち込んで自分たちで見るのがベストな気がします。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年5月30の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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