【書評】『「アメリカの戦争」と世界危機』:基軸通貨ドルの行方

三牧聖子(編)『「アメリカの戦争」と世界危機―イラン侵攻は何をもたらすのか―』は、国際的な大事件となっているアメリカ・イスラエル対イラン戦争について、12名の異なる分野の論者が、12章にわたって論じている。

関心を持っていち早く購入した(その後、謹呈本をいただいた)。私自身も、6月に『トランプの戦争とアメリカの敗北:イラン攻撃を招いた「ドンロー主義」の正体』(ビジネス社、2026年)を刊行したばかりだったためだ。

以下のような構成で、アメリカ、イスラエル、イランの実情に加えて、中国、日本、グローバルサウスの立ち位置が紹介される。さらに標的殺害、AIなどの視点を扱った章もあり、網羅的な内容となっている。

それぞれの分野の専門家が執筆者となっているので、堅実な内容が小気味よく並んでいる。戦争をめぐる問題群を、多角的に総覧するには、非常に便利な構成だ。

各章の分量は少なめなので、それぞれの議論が深まっていかない面は否めない。すでに同趣旨の内容の著作を持っている執筆者も多いので、既存の議論をあらためて整理してまとめ直したという要素も強い。

僭越ながら拙著は、アメリカの衰退という視点から、私が一人で書き上げたものなので、その意味では、同じ題材を扱っていながら、全く異なる性格を持つ書となっている。

その中で、私が注目したのは、河野龍太郎氏が執筆した「第6章 覇権国不在の世界経済のゆくえ——1930年代型の混乱が続くのか」だ。

BNPパリバ証券株式会社チーフエコノミストの河野氏は、経済政策に関する著作を多数持ち、いずれも優れた内容で、広く読まれている。私自身も上述の拙著で、河野氏の著作を何冊か参照させていただいている。

その河野氏が、アメリカの対イラン戦争後の状況を、基軸通貨ドルの行方という問題関心から論じた第6章は、私が特に注目した章である。やはり短くまとめられている章なので、まとまった新しい議論がなされているとまでは言えない。その一方で、河野氏がかなり踏み込んだ明快な表現をしていることが、目を引く。

「アメリカが覇権国の役割を果たさないのなら、一定のタイムラグはあるとしても、ドルはいずれ唯一の基軸通貨ではなくなるはずだ」

(第6章、113頁)

河野氏は、基軸通貨ドルの今後の見通しについて、様々な場面で論じてきている。その河野氏が、アメリカの対イラン戦争は基軸通貨ドルの地位をあらためて揺るがせる効果を持つだろう、と考えていることがわかる点が興味深い。

「米ドルが唯一の基軸通貨だったのは、アメリカが覇権国だったからであり、その逆ではない」(同上)と強調する河野氏は、アメリカの対イラン戦争が、覇権国として期待される役割に反した行動であり、それは基軸通貨ドルの地位にも否定的な効果を持つだろう、と洞察しているわけである。

トランプ政権になって生まれた変化は、覇権国の地位を放棄するような対外軍事行動だけではない。「第2期トランプ政権の始動後、名目成長率と名目長期金利の差は急激に縮小しつつある」ことに、河野氏は注目している。アメリカの名目長期金利が、名目成長率を下回る状態が続いてきていたからだ。

こうした状況の背景には、経済成長を遂げてきた新興諸国が、危機に備えてドル建て資産や米長期国債の保有を拡大させてきたことがある。そのためアメリカへの資本流入が進み、金利が低位で維持された。そして、アメリカに流入・蓄積された余剰資金が、株価の上昇などの金融バブル現象を引き起こしてきた。もしこの現象が止まれば、拡張的な財政運営をとることも困難になり、アメリカに苦境が訪れる可能性が高まる。

「相互関税ショックも中東危機も、覇権国不在がもたらす国際政治とグローバル経済の長い大混乱の時代の始まりと捉えるべきではないか」(127頁)と語りかける河野氏は、「キンドルバーガーの罠」と呼ばれる覇権国なき国際経済システムの混乱の時代の到来を予見している。

焦るトランプが陥っている「トゥキュディデスの罠」と「キンドルバーガーの罠」
アメリカとイスラエルは対イラン戦争の停戦交渉が難航しており、トランプ大統領は合意の進展をSNSで発信しているが、実情は異なる。イランは地の利を活かし長期戦を望み、アメリカは高額な軍事費を抱える。トランプ政権の政策が「トゥキュディデスの罠」や...

私も、上述の拙著や、その他の機会で繰り返し論じてきたように、イランに続いて、ロシアをSWIFT決済体制から追放したことは、アメリカを中心とする既存の経済大国群にとって、大きな試みである。

河野氏が指摘するように、これは基軸通貨ドルを前提とした国際決済体制が相対化される契機となりうるからだ。もし中東の危機を通じて、「ペトロダラー」の仕組みにも動揺が広がるようであれば、基軸通貨ドルの地位にさらなる試練が訪れる。

河野氏であっても、確定的な未来を予言しているわけではない。それは誰にもできないことだろう。

しかし河野氏は、「経済理論的には、基軸通貨は、永続し得ない一時的な『サンスポット均衡』である」(130頁)ことを、あらためて強調する。基軸通貨ドルの地位は、永続的な制度として固定化されているものではない。アメリカが覇権国として行動することを避けながら、基軸通貨ドルの地位だけを維持しようとするのは、著しく困難なことだ。無謀な対イラン戦争は、そのことをあらためて痛感させる事件であった。

もっとも、河野氏も、一夜にして基軸通貨ドルの地位が消滅するとまでは考えていない。ドルの代わりに人民元が世界的な基軸通貨になるといった単純な事態は、どちらにしても起こりそうにない。事情はもっと複雑だろう。だからこそ「キンドルバーガーの罠」が引き起こす混乱が、懸念されるのである。

私が拙著『トランプの戦争とアメリカの敗北:イラン攻撃を招いた「ドンロー主義」の正体』で論じたのも、単純に「アメリカは戦争に負けた」「イランが勝った」といったことを主張するためではなかった。もっと長期的な視点から見て、構造的な事情から、アメリカの衰退はさらに進んでいくだろう、といったことを言いたかった。

その観点から、私としては、今後も河野氏の分析に注目していきたいと思っている。

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トランプの戦争とアメリカの敗北

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