トランプ米大統領は5月29日、イランとの交渉で暫定合意したといわれる覚書草案について最終判断を見送ったという。同合意には、60日間の停戦延長などを含む内容が明記されている。米ニュースサイト「アクシオス」によると、トランプ氏はイランの核開発の断念への詳細な確約、ホルムズ海峡封鎖の解放などについて修正を求めているという。

イラン陸軍調整副参謀長 ハビボッラー・サイヤリ少将「イラン海軍と軍は最新技術に沿った最先端の装備を保有している」、IRNA通信、2026年5月31日
イラン国営通信IRNAが30日報じたところによると、イランのマスード・ペゼシキアン大統領は、イスラム共和国が継続する戦争と地域の緊張を終わらせるための「尊厳ある枠組み」を実現する準備ができていると強調した。同大統領はカタール首長との電話会談で、テヘランが一貫して対話へのコミットメントを示してきたと説明している
ぺゼシキアン大統領の発言を読む限り、イラン指導部は米国との交渉の合意を願っていることが伝わってくる。一方、イラン外務省報道官エスメイル・バカイ氏は29日、イラン国営テレビ番組「Be Vaqt-e Iran」との電話インタビューに応じ、「私たちは47年前に『しなければならない』という言葉に別れを告げた」と指摘、そして「西側諸国は、イラン・イスラム共和国について語る際に『必須』という言葉を使うことはできない。我々はイラン国民の利益と権利に基づいて自らの決定を下す」と強調している。そのトーンは明らかにぺゼシキアン大統領のそれより攻撃的だ。
同報道官は米国の海上封鎖に関する主張に対し、「この措置を当初から違法とし、停戦違反であり国際航行の自由を妨げている。彼らが言っていることを実際に行動に移すのか、それとも単なる宣伝的な主張なのかを見極めなければならない」と述べ、米イラン交渉で「最終的な合意はまだ達成されていない」と繰り返した。
2月28日の米イスラエル軍のイラン攻撃でイラン最高指導者のアリ・ハメネイ師が殺害され、他のトップ指導者たちも多数暗殺されたため、現ムラ―政権の意思決定者が誰かを断言できない状況が続いている。
(参考までに、同日の空爆でイランの最高指導者アリ・ハメネイ師、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、国家防衛会議議長のアリー・シャムハーニー氏、ムーサヴィ軍参謀総長、その他ナシルザデ国防軍需相や革命防衛隊トップら7人が殺害された。そして3月17日、イスラエル軍は ハメネイ師の死後、実質的最高指導者であったイラン最高安全保障委員会のラリジャニ事務局長を殺害したほか、IRGCの傘下にある補助的な民兵組織バシジの司令官を殺し、18日にはハティブ情報相を殺害している。(同情法相はイラン国内の民衆弾圧などで中心的役割を果たした人物だ)
ハメネイ師の死去を受け、その息子モジタバ・ハメネイ師が後継者に選出されたが、これまで公の場で演説していない。重体説から死亡説までさまざまの憶測が流れ、その実態が依然不透明だ。そこで現イラン聖職者政権下で意思決定者と思われる指導者リストを海外イラン・メディアの「イラン・インターナショナル」の情報を参考に整理した。ただし、以下で紹介する人物以外の意思決定者が突然、出現する可能性も排除できないことを前もって断っておく。
①モジタバ・ハメネイ師
後継者を選出する専門家会議はハメネイ師の死から約1週間後、第3代の最高指導者にハメネイ師の次男モジタバ・ハメネイ師(56)を選んだ。新最高指導者がどのような方針を取るかは依然として不透明だ。モジタバ・ハメネイ師は、ハッジ巡礼の際に行った演説で、イスラエルに対する敵意と父の強硬政策を改めて表明している。
モジタバ師に対する国民の評価は、期待よりも「不透明さへの不安」や「世襲への反発」が強く混在している。 1979年の革命で王政(世襲制)を打倒した経緯があるため、ハメネイ家の「世襲」には多くの国民が反発を感じている。

モジタバ・ハメネイ師、新年のメッセージで国民統一の重要性を強調、2026年3月20日、Tasnim通信より
②モハメド・バゲル・ガリバフ国会議長
64歳のガリバフ氏は、イランの精鋭部隊である革命防衛隊のテクノクラート派の支持を受ける保守的な権力政治家だ。彼は早くから将軍の地位に昇り詰め、革命防衛隊の司令官としてキャリアを築き、2000年頃には警察署長に任命された。当時の学生運動を鎮圧した張本人だ。2005年、政界入りを果たした。同年、保守派候補として大統領選挙に出馬したが落選。大統領にはなれず、テヘラン市長に選出された。市長としての手腕は、一部の政敵でさえも認めている。しかし同時に、首都の市長を務めた期間には、汚職疑惑が浮上した。ガリバフ氏はその後も3度大統領選に出馬したが、いずれも落選。このため、彼は嘲笑の的となった。そのようなこともあって、米国との交渉における彼の役割は、意外なものと受け取られた。同議長は自身の政治的野心を隠すことはない。テヘランで目下、その影響力を強めてきている一人だ。
③イスラム革命防衛隊(IRGC)のアフマド・ヴァヒディ司令官
前任者が殺害された後、革命防衛隊のトップに上り詰めた。67歳の彼は、イラン・イラク戦争で頭角を現し、後にイラン・イスラム共和国の軍事機構を形成した世代に属する。国防大臣と内務大臣を歴任したヴァヒディ氏は、強硬路線を体現している。内務大臣在任中は、2022年9月に始まった「女性、生命、自由」を求める抗議デモが暴力的に鎮圧された時期と重なる。同氏は国際的にも関与が疑われている。アルゼンチンの捜査当局は、彼が1994年にブエノスアイレスのユダヤ人コミュニティセンターを襲撃し、数十人が死亡した事件の計画に関与したと非難している。2007年、アルゼンチンの要請により、インターポールは彼に対して国際手配書(レッドノーティス)を発行した。イラン政府はこれらの疑惑を否定している。
④イラン最高安全保障会議のモハメド・バゲル・ソルガドル事務総長
イランの権力構造において重要な地位を占めていた有力政治家アリ・ラリジャニ氏が3月17日に殺害された後、退役准将の同氏が後継者に選出されたことは一部で驚かれた。この結果、イランの内政・外交政策における革命防衛隊の影響力はさらに強化されることになる。同氏についてはほとんど知られていない。1950年代半ば生まれで、イラン・イラク戦争(1980~1988年)のベテランだ。直近では、イランの権力構造における有力な仲裁機関である、いわゆる公益評議会の主要メンバーを務めていた。イランのメディアによると、ソルガドル氏は以前、超保守派のイスラム革命勢力人民戦線の選挙運動を指揮していたという。そのメンバーには、ガリバフ氏や、2024年にヘリコプター墜落事故で亡くなった当時の大統領イブラヒム・ライシ氏も含まれていた。
⑤アッバス・アラグチ外相
イラン政府で最も著名な人物のアッバス・アラグチ外相は生粋の外交官だ。63歳の外相は、保守的な現実主義者であり、いかなる政治陣営にも属していない。政治学を専攻し、1996年に英国ケント大学で博士号を取得した。また、外交交渉に関する著書も出版している。彼の交渉力は、最高レベルの支持を得る上で大きな役割を果たしたと受け取られている。アラグチ氏は昨年、米国との核協議を主導した。関係者によると、直接的な意思決定権は持たないものの、権力の中枢では彼の意見は重んじられているという。
⑥イラン国軍のアリ・アブドラヒ・アリアバディ中央軍司令官
イラン国軍のアリ・アブドラヒ・アリアバディ将軍(Ali Abdollahi Ariabadi)は、イラン軍(正規軍および革命防衛隊)の作戦を統合的に指揮する実質的な統制機関「ハタム・アル・アンビヤ中央本部」の司令官を務める。1959年生まれのアリアバディ少将は、ハタム・アル=アンビヤ司令部を指揮し、戦時にはイラン軍の作戦指揮を統合し、陸軍と革命防衛隊の作戦を調整する役割を担う。そのため、同氏はイランで最も重要な軍人の一人となっている。開戦以来、アリアバディ氏は公の場に姿を現すことはほとんどない。
ところで、イラン国営通信IRNAが5月10日、報じたところによると、モジタバ・ハメネイ師が同日、アリ・アブドラヒ少将と会談し、新しい指令を出している。それに対し、アブドラヒ司令官は国の防衛準備態勢に関する包括的な報告書を提出し、「イラン軍、IRGC、治安・国境警備隊、国防省、バシジ志願兵などが、高い士気と戦略的計画でアメリカ・シオニストの敵に立ち向かう準備ができている。敵による戦略的誤り、攻撃性、軍事的悪戯はイスラムの戦士たちによって迅速かつ、激しく、力強く対処される」と強調し、モジタバ師に対しては、「軍はイスラム革命の理想だけでなく、愛するイランの主権、領土保全、国益を守り続ける」と宣言している。
ちなみに、ペゼシュキアン政権とイラン軍指導部との権力争いでIRGCが事実上主要な国家機能を掌握したという。IRGCは、大統領による人事や決定を阻止するとともに、権力の中枢周辺に厳重な警備体制を構築し、事実上政府を行政支配から排除している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年6月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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