住宅ローンの繰り上げ返済は死んでもしてはいけない

黒坂岳央です。

日本人の「借金嫌い」はデフレ経済化で染み付いた古い発想だ。しかし、多くの人が住宅ローンを組んだ翌日から繰り上げ返済を考え始め、ボーナスが出るたびに元本を削ることに快感を覚えてせっせと返す。

「一刻も早く借金の呪縛から解放されたい」この行動は心理的にはわからなくはない。だが経済合理性の観点からは致命的な誤りである。端的に言えば、超低金利の住宅ローンを急いで返すのは、現状ではほぼ損しかしない。

筆者自身、現在、住宅ローンという借金をしているが自分が繰り上げ返済をする日はほぼ確実に来ないと思っている。「今後、大きく金利上昇したらどうするのだ」「借金より現金が安心」といった感覚を持っている人もいるだろうが、そうした反論を踏まえて「繰り上げ返済は絶対にしない方がいい」と思っている。

SAWEK KAWILA/iStock

借金と運用をセットで考える

日本の住宅ローンの金利は世界的に非常に低く、1%以下という人も少なくない相場だ。仮に金利0.5%(実際の筆者の契約金利水準)、借入残高3000万円として計算してみよう。300万円を繰り上げ返済した場合の利息節約額は、おおよそ年1.5万円程度だ。

その300万円を年率5%で固く運用すれば、終値は約1,300万円になる。繰り上げ返済で節約できる利息の総額と比較すれば、差は歴然である。そしてこの「長期で5%」は机上の空論ではなく、過去100年以上の実績データから導き出した期待値の話だ。マイナスになる年があっても、長期で住宅ローン金利に勝てばいいのだ。

住宅ローン金利と長期株式投資の期待収益率の差が存在する限り、繰り上げ返済は数学的に確実に「損」をする。

繰り上げ返済で失う4つのもの

問題は「利息節約効果が小さい」だけではない。繰り上げ返済には、多くの人が見落としているコストが複数存在する。

1つ目はインフレヘッジの喪失だ。年3%のインフレが続けば、20年後に3000万円の実質価値は約1660万円相当になる。借金の名目額は変わらないが、返済に充てるお金の実質価値は下落し続ける。借金は「できるだけ長く、ゆっくり返す」がベストである。

2つ目は人生前半のキャッシュ保持優位だ。収入は一般的に年齢とともに増加する。一方、住宅購入・子育て・教育費といった大型支出は人生前半に集中する。この非対称性を考えれば、手元流動性が最も必要な時期に手元の現金を減らすのは非合理的といえる。

現時点では歴史的低水準の金利だが、仮にドンドン上がって将来1.5%に上昇するとしても、人生前半が安ければ報われるのでこの点でも合理的だ。

3つ目は団体信用生命保険の目減りだ。残債3000万円は「3000万円の死亡保障付き生命保険」でもある。繰り上げ返済するたびにその保障額が縮小していく。

4つ目は住宅ローン控除の圧縮だ。年末残高に応じて最大13年間、税額控除が受けられる制度である。繰り上げ返済で残高を減らせば、その分だけ控除額も縮小する。控除期間中の繰り上げ返済は、利息節約と引き換えに確定した税メリットを自ら削る行為だ。

このようにほぼ確実に損をする要素が4つもあるため、住宅ローンは絶対に繰上返済をしてはいけない。

「今後、金利が急騰したらどうするのだ」と反論がありそうだが、仮に異常な高金利になれば、その時だけ柔軟に繰上返済を検討すればいいだけである。「選択肢」を持てる分、やはり借金は圧倒的に有利だ。

繰り上げ返済が必要な例外ケース

数学的にはほぼ完全に住宅ローンの繰上返済は悪と導き出せる。だが、公平を期すためにあえて付言しておく。繰り上げ返済が正義になる条件はまったく存在しないわけではない。

1つ目は住宅ローン金利が5%を超えている場合だ。これはあまり考えられない。あくまでストレステストで用いられる数値だが、この場合は投資による運用リターンを上回るような金額となるため、借金はしない方がいいということになる。

住宅ローン以外のディーラーローンや消費者金融などは金利が非常に高額なので絶対に使わない方が明らかに合理的だ。ただ、こんなに高金利になる世界は今の社会とはあらゆる前提がまったく異なる。そのため、今の時点でこのシナリオに備える意味はあまりない。

2つ目は何らかの事情があって一切投資ができないケースだ。そんなケースが基本は想定できないが、「投資の知識はゼロであり、勧められてローン申込をしたが、もう借金に脳のリソースを一切割きたくない。たとえ損をしてもいいから1秒も頭の時間を使いたくない」と決めている人に該当する。

3つ目は借金へのストレス耐性である。数学的には間違いでも、人間心理やその人固有のキャパを考慮すると資金管理をしない方がいいのかもしれない。

極論だが、大病で余命いくばくという状況で「何も残さず、きれいになって逝きたい」と願うなどがそうだろう。

住宅ローンの繰り上げ返済は、多くの日本人が「堅実」と信じて行っているが、経済実態は数学的にほぼ損しかしない行動なのだ。冷静に数字を取り扱える人間ほど、ローンを急がず最後までゆっくり返すのだ。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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