高市早苗首相の陣営が、総裁選や衆院選をめぐって対立候補を中傷する動画を作成・拡散していたとされる問題が、新たな局面に入った。週刊文春が、高市事務所の公設第一秘書・木下剛志氏と、動画作成者とされる松井健氏らのZoom会議音声を入手し、一部を公開したためだ。
文春によると、このZoom会議は昨年12月に開かれたもので、音声は43分超に及ぶという。記事では、木下秘書が「デジタルとアナログのコラボレーションで精度を上げていく」「うまく一緒にやれたらいい」などと発言したとされている。文春はこの音声を、高市陣営と動画作成者側の関係を示す新証拠として報じている。(文春オンライン)

音声データを聞いても「秘書本人か確認できない」
これまで高市首相は、国会でこの問題への関与を強く否定してきた。5月11日には「週刊誌の記事を信じるか、秘書を信じるかというと、私は秘書を信じます」と答弁し、動画作成者についても「私自身も地元の秘書も面識のない方」と説明していた。さらに5月28日には、秘書から「信じてないんですか」と怒られたとも述べていた。(文春オンライン)
ところが、今回の音声データが事実であれば、高市首相のこれまでの説明とは整合しない可能性が出てくる。少なくとも「地元の秘書も面識のない方」という説明は、対面で会ったことがないという意味なのか、オンラインでの接触も含めて一切知らないという意味なのか、明確にする必要がある。
高市首相の対応も揺れている。当初は文春電子版の有料会員になって音声を確認する考えはないとしたが、その後、公開音声を確認したうえで「私と会話している時よりもかなり高い声で違和感があった」と述べた。また、自身の声に似せたAI音声も入っていたとして、秘書本人の音声かどうかを判断するのは難しいとの認識を示した。(毎日新聞)
陣営がSNSで他の候補を中傷することは許されるのか
もちろん、音声データはそれだけで全容を証明するものではない。編集の有無、発言の前後関係、会議の目的、参加者の認識などは慎重に検証されるべきだ。AI音声や合成音声の可能性を指摘するなら、なおさら第三者による音声鑑定や、当事者への確認が必要になる。
しかし、問題はそこにとどまらない。選挙において、陣営関係者が匿名的な動画やSNS投稿を使い、対立候補を中傷していたのだとすれば、それは単なる「ネット選挙のテクニック」では済まない。民主主義の土台である有権者の判断を歪める行為になりかねないからだ。
政治家が自分に有利な情報を発信することは当然である。政策を訴え、相手候補を批判することも選挙戦の一部だ。しかし、匿名アカウントや大量投稿、AIを使った動画作成などによって、発信主体を隠したまま世論を誘導する手法は、通常の政治活動とは性格が異なる。そこには「誰が言っているのか」を有権者に見えなくする危険がある。
今回の焦点は、高市首相本人が指示したかどうかだけではない。首相の公設秘書が関与していたのか。関与していたなら、どの範囲まで知っていたのか。陣営として組織的に行われたのか。それとも一部関係者の独断だったのか。これらを明らかにしなければ、疑惑は消えない。
「秘書を信じる」だけでは説明にならない
高市首相は「秘書を信じる」と繰り返してきた。しかし首相が信じるべきなのは、秘書個人ではなく、国民に対する説明責任である。音声が本物ではないというなら、その根拠を示せばよい。文春報道に誤りがあるというなら、具体的にどこが誤りなのかを説明すべきである。
中傷動画問題は、単なる週刊誌報道ではなく、現代の選挙が抱える構造的な問題を浮き彫りにしている。AI、SNS、匿名アカウント、ショート動画が組み合わされば、少人数でも世論を大きく動かすことができる。その技術を権力側が使えば、選挙はますます不透明になる。
高市首相に求められているのは、感情的な反論ではない。秘書、動画作成者、陣営スタッフとの関係を時系列で整理し、音声データの真偽を含めて説明することだ。首相の説明が曖昧なままでは、「中傷動画」疑惑そのものよりも、それをめぐる説明拒否の姿勢が、政権への不信をさらに広げることになる。







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