黒坂岳央です。
AIで「人類の知識が底上げされる」という意見をよく見る。
実際、AIの誕生で賢者はより賢くなり、凡庸な能力でも知識や技術へのアクセスがほぼ無料化したことで底上げされている事実は否定しない。だが自分は「愚者を賢者にすることはなかった」と思っている。
記事のタイトルは分かりやすさを重視して「バカ」と表現したが、厳密に言えば、ここでいう「バカ」とは、知識がない人のことではない。「自分の判断を疑えない人」のことだ。だから学歴が高いバカもいるし、そうでない賢者もいる。
「いやこれからAIはさらに進化する」という反論もあるかもしれないが、筆者は「AIの性能向上は彼らを救うことはない」と考える。持論を述べたい。

間違いを深めるAIの使い方
AIは本来、間違いを抽出し、軌道修正をするために活用される。筆者自身はそうしており、コーディングや記事の修正など自分の見落としやミスを修正する用途で活用している。
一方で愚者の典型的な誤用のひとつが、自分を肯定し続けるための活用だ。人間関係が壊れていたり、キャリアが行き詰まっている場合、本来は方向転換が必要な局面である。
「自分のどこが間違っているか」という問いを立てるべき局面で、「自分は正しいと言ってもらう」ためにAIを使う。
AIはユーザーのために何でもする。ユーザーの感情に寄り添い、文脈を読み、肯定的な言葉を返す設計になっている。つまり「慰め」を求めれば慰めてくれる。問い方次第で、どんな判断も正当化できる根拠を生成できる。
これはAI以前にはなかった。これまでは自己正当化にもコストがかかった。同意してくれる人間を探し、都合のいい情報を選んで読み、時間をかけて自分の中で正当化を積み上げる必要があった。その過程で、「もしかしたら間違っていたのは自分か?」と問い直すタイミングがあった。
一方で、AIはその自己正当化プロセスを瞬時に出す。本来、方向転換が必要な人間にコストゼロで破滅の方向へ加速してしまう。
知識ゼロでも犯罪に至れる時代
もうひとつの典型が、稚拙なサイバー犯罪への転用だ。
誤解してはならないが、これは高い能力を持った人間が悪用するという話ではない。それはむしろ昔からあった話だ。米国では若手のクラッカーをホワイトハッカーに採用する話などは有名だ。問題は、能力も知識もない人間が犯罪の「ラストワンマイル」に到達できるようになったことにある。
かつては知識の壁が自然な抑止力として機能していた。フィッシングサイトを作るにも、マルウェアを仕込むにも、それなりの技術的素養が必要だった。素養がなければ途中で止まった。
だがAIはその壁を消した。防御側のセキュリティの穴を突くコードを、コピペレベルで入手でき、手口をステップごとに教えてもらえる。これはまるで100円ショップで売られている安価な包丁を手に入れ、人前で振り回すのと構造的に同じだ。高度な技術や判断力がなくても、安価に人を傷つけられる。
AIがなければ知識不足というハードルで止まっていた人間が、最後の一歩を埋めてもらって犯罪に至る。
昨今検挙される「無敵の人」によるAIを使った稚拙なサイバー犯罪。彼らに高度な技術はない。あるのは社会への憎悪と、暇と、AIだけだ。かつてはAI抜きで彼らは何もできなかったが、今は違う。
AIは能力差を消さず、速度差に変換した
AIは人類を賢くしたのではない。人類の能力差を「成果物の質の差」から「失敗の速度と規模の差」に変換したという方が正しい。
以前は、間違った方向に進んでいても自然なブレーキが存在した。調査に時間がかかることや、実装コストが高いこと。または、専門家に依頼しないと動けないことで途中の過程に軌道修正の機会があった。コストが最後の一歩を踏み出すことを留めていた。
だが今は違う。AIを使えば数日でサイトが作れ、広告文が書け、事業計画が整い、詐欺メールが送れる。間違った前提のまま、全速力で壁に向かえる。
賢者はこの速度を正しい方向への加速に使う。PDCAをまわせるものにとってAIは最高のツールだ。
一方でPDCAを知らない愚者は同じ速度を、間違った確信の実行に使う。自己正当化の燃料を補給し、能力不足を補ってもらい、本来届かなかった場所まで連れて行ってもらう。AIは愚者にとっても高性能なロケットエンジンだが、問題は彼らの向いている方向が「壁」という点だ。
◇
AI時代に本当に問われているのは、知識量でも技術力でもない。自分の判断が間違っている可能性を、どれだけ認識できるかだ。道具は使い手の能力を増幅する。問題はその方向が正しいか間違っているかなのだ。
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