
かねて話題の「自国の国旗損壊罪」の創設に関して、国民民主党の玉木代表が、久しぶりにリベラルなことを言っている。

自民党のプロジェクトチーム(PT)がまとめた日本国旗の損壊行為などを処罰する法案について「このままの条文が出てくるなら賛成しかねる」と述べ、反対する可能性に言及した。「違憲立法だと判断されかねない」とも語った。
法案の名称は「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」。処罰される行為は二つで、①人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法で、公然と国旗を損壊、除去、汚損する②その状況を撮影した者が映像の電子データを不特定多数に提供、公然と陳列する――場合とした。
毎日新聞、2026.6.2
(強調を追加)
まっとうな批判だと思うが、これは「表現の自由」をめぐる攻守が完全に反転したことを示す。ついこの前まで、自分には不快な表現を「見ない権利がある」と主張してきたのは、むしろリベラルを名乗る勢力の一部だった。
4年前の春に、かなり騒がれた事例だと――

東工大の治部〔れんげ〕准教授は、今回の全面広告の主な問題点を3つ指摘する。1つ目は、②あらゆる属性の人が読む最大手の経済新聞に掲載されたことで、「見たくない人」にも情報が届いたことだ。
「読みたい人がヤングマガジンを手に取って読むことは、今回の問題ではありません。それよりも、女性や性的な描写のある漫画を好まない男性が①『見たくない表現に触れない権利』をメディアが守れなかったことが問題です」
ハフポスト、2022.4.8
(段落を改め、丸数字を追加)
②①の数字は今回ぼくが足したものだが、ちょうどいま、自民党が掲げる国旗損壊罪のアイデアとそのまま対応していることがわかるだろう。
2022年の春といえば、日本のキャンセルカルチャーを代表する事案が大炎上の果てに、非難轟々の中で決着した直後だ。なので、この「不快なものを見ない権利」があるとする主張は当時、表現の自由の観点から批判を集めた。


どんな種類のマンガやイラストであれ、自分の価値観的に「ないな」と感じる人は、誰かしらいる。だがそれと比べても、日の丸を傷つけるとか破くとかの行為を「ないな」と不快に思う人は、ふつうに考えてもっと多い。
だから「ないな」を根拠に禁止はできないという原則こそ、少数派の自由を守る一線だった。それを忘れ「これめっちゃTSUEEE!」と振り回したロジックが、はるかに多数派で権力も持つ人の手に落ちたら、なにが起きる?
…というわけで、かつて自分たちが使った武器を相手に分捕られての「殴り返し」が始まったのである。(知的な)お子さまにもわかるように示してあげると、要はこういう局面が来てるんです。
そうなると “負け犬の遠吠え” で出てくるのが、「ボクらがしたのは正当なボイコットで、国家による弾圧と違う!」みたいな言い訳だが、その理屈が通るのは民主主義の国でない場合だけだ。
昨夏の参院選で参政党にスポットが当たった頃から、国旗損壊罪は十分に争点化されたうえで、①自民党は選挙で明示的な支持を得ている。その規制も(いちおうは)、②国会での審議を経た明文のルールで行うとしている。
対して、一度も国民に信を問うていない①手前勝手な価値観を、基準も手続きも明示せず②SNSの空気だけで「キャンセル」の根拠にしてきた面々が、内輪でドヤっても敵うわけがない。

昨年9月に上の記事を出して以来、ぼくは “本場” の米国ですでに始まったキャンセルカルチャーの「やり返し」に警鐘を鳴らしてきたが、さすがに首相の交代と総選挙を経てのこの猛烈なスピードには、驚かざるをえない。
にもかかわらず「うおおおキャンセル!」と一瞬で相手に渡る武器を誇示し続けるおかげで、どんどん状況を不利にしていく “無能な味方” の活躍は止まらない。先月にはご存じの通り、参政党をめぐって新たな事件も起きた。

参政党の神谷宗幣代表は5日、東大の学園祭「五月祭」で予定していた講演会が爆破予告で中止されたことを受け、企画していた学生団体を招いて国会内で代わりの講演会を開いた。会場に入るために学生証の提示が義務付けられ、学生約150人が参加した。
神谷氏は講演後、五月祭での爆破予告を念頭に「意見が違うから脅すのは、民主主義の破壊でしかない。学生は悔しかったと思う」と記者団に強調。代わりの講演会を開催できたことで「肩の荷が下りた」と語った。
共同通信、2026.6.5
念を押すまでもないが、この事件は発生後のフォローも含めて「男を上げた」(うおおおジェンダー差別!)神谷氏のひとり勝ちである。というか、これで大学の信用は地に堕ちてしまった。
言論の自由に基づいて①学生が立てた企画を守れず、警護が行き届く②国の施設(国会)で代わりに開いてもらって、③教員がなんの羞恥も痛痒も感じないなら、「大学の自治」なるものには死亡宣告が出たも同然だ。
学生の自主企画と異なり、大学教員を招き公金で開かれるイベントは、以前から「なんでアイツに税金を!」的なクレームに遭いやすい。最近はどの識者がヤバいかのリストもネットで “オープン” になったから、やり返しも加速するだろう。

そんな時代に、自由の灯を守るにはどうするか?
平気で他人の言論の自由を毀損するニセモノのリベラルこそ「キャンセル」し、たとえば神谷氏と国旗損壊罪について直接議論したホンモノのリベラルに、換えるしかあるまい。ここに至っては、それ以外は手遅れである。

そんなテーマを基本から対策まで、宇野常寛さんと議論した動画が、金曜日からYouTubeで公開になっている。いまここで、まっとうな側に舵を切れるかが、日本のリベラルがエースロボットのように粉々になるかを決める。
率直に言ってエースキラーくらいにはぼくは強いので、これからどちらにその力を使うかは迷うところだ。ぜひ、正しい方向に使いたくなるレスポンスを、ネットで見てみたいと思っている。
参考記事:


(ヘッダーは、2025年12月の毎日新聞より)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。








コメント