想定されていたことだが、レバノンのアウン大統領の5日のイラン批判発言に対して、イラン側は強く反発している。イラン外務省のエスメイル・バカイ報道官は6日、レバノンのアウン大統領が自国の友好国と敵国を区別できていないと指摘、「彼は自分のそばに立つ者を売り渡し、反対する者を買う。彼は自分を支持した者を見捨て、首を絞めている者の後ろを歩く」とアラビア語でXに投稿している。

パキスタンのサイード・モフシン・ナクヴィ内相と会談するイランのアラグチ外相(左)、2026年6月7日、ISNA通信から
このコラム欄で報告済みだが、アウン大統領はCNNのクリスティアン・アマンプール記者とのインタビューで、「イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用している。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。レバノンの大統領がイランをこのように激しく批判することは珍しい。それだけに、イラン側の強い反論が予想されていたわけだ。
イラン側は「もしレバノンがイランの交渉材料であったなら、ずっと前に合意に達していただろう。イランは戦争終結の合意にはすべての戦線での敵対行為の停止を含むべきだと主張してきた。ヒズボラが3月初旬からイスラエルと衝突しているレバノンではそうだ。ヒズボラは、イスラム革命の指導者アリ・ハメネイ師が空爆で殉教したことへの報復としてイスラエルに対する攻撃を開始した。事態のエスカレーション以前、ヒズボラとイスラエルは2024年11月下旬に発効した停戦を維持してきたが、イスラエル側はほぼ毎日のように停戦を破っている」と強く非難しているのだ。
レバノン情勢を考えると、イランのそれと酷似していることに気が付く。イランには列記とした正規軍の国軍が存在する一方、イスラム革命防衛隊(IRGC)が存在する。軍事力ではIRGCの方が正規の国軍より強い。同じように、レバノンには国軍のほか、民兵のヒズボラが存在する。1982年に創設されたヒズボラ(アラビア語で「神の党」)は結成当初から、レバノン南部を占領するイスラエル軍や、それを支援する米国などの多国籍軍を「排除すべき敵」と定義してきた。
ヒズボラの兵力は常任の戦闘員が約2万~3万人、予備役を含めると計4万~10万人に達すると推計されている。特に、イランの支援で訓練されシリア内戦での実戦経験も豊富な精鋭部隊「ラドワン部隊(Radwan Unit)」(約5,000人)は、イスラエル領内への侵入や対戦車戦を専門とする極めて危険な攻撃部隊だ。「カチューシャ」などの無誘導ロケット弾から、イスラエル全土を精密射撃できるイラン製の弾道ミサイル「ファジル5」や「ゼルザル2」まで、約15万発もの莫大な備蓄を誇る。
レバノン国軍の兵士の平均月給が数百ドル程度、装備も旧式なジープやライフルが主であるのに対し、ヒズボラはイランからの莫大な資金援助により数千ドル規模の給与を払い、国軍よりもヒズボラの方が圧倒的に高い軍事力を持っているわけだ。
ちなみに、レバノン国軍(LAF)の兵士の給与は急落した現地通貨(レバノン・ポンド)で支払われている一方、ヒズボラはイランからの潤沢な資金援助を受けており、戦闘員や活動家への給与は「米ドル(外貨)」払いだ。
2026年6月に入り、米国の仲介によりイスラエル政府とレバノン政府の間で「レバノン南部から非国家武装勢力(ヒズボラ)を排除し、レバノン国軍が統治する」という条件付き停戦案が合意された。しかし、肝心のヒズボラ側および後ろ盾のイランはこの停戦案を「降伏に等しい」として拒否しており、現在も戦闘や国境付近での応酬が続いている。
米国やイスラエルは、レバノン国軍に対し「南レバノンからヒズボラの兵器を排除し、国家の統治権を取り戻せ」と強く迫っているが、繰り返すが、ヒズボラを軍事的に抑える軍事力を現在のレバノン国軍は有していないのだ。そのような中、イスラエル軍はレバノン国軍の3人の兵士をヒズボラと勘違いして殺すといった不都合な出来事が起きたばかりだ。
次はイラン情勢だ。最高指導者アリ・ハメネイ師の死後、モジタバ・ハメネイ師を担ぎ出し、イランを完全にコントロールしているのはぺゼシュキアン大統領をはじめとする行政府でもイラン国軍でもない。イランを現在統治しているのはイランン革命防衛部隊だ。軍事力ではIRGCは国軍より強い。レバノンのヒズボラと国軍のパワーバランスと同じだ。
「イラン・インターナショナル」(5月31日)によると、イランのペゼシュキアン大統領は最高指導者宛てに正式な辞任届を提出したという。ペゼシュキアン氏は大統領と政府が国内の重要な意思決定プロセスから事実上排除されており、「このような状況下では政府を運営し法的責任を果たすことができない」と即時辞任を要請したという。モジタバ・ハメネイ師が大統領の辞任を受け入れるかどうかはまだ明らかではないが、書簡の内容はイランの権力最高層に亀裂があることを示している。
アウン大統領を始めとするレバノン行政府、国軍がヒズボラを抑制できないように、イランでもパゼシュキアン大統領ら政府、議会、イラン国軍もIRGCの独走を抑制できない状況にある。そのような中で、米国やイスラエルが外交交渉で紛争を解決しようとしても、相手は政治家や外交官ではなく、軍服を着た民兵指導者たちだ。交渉が容易でないのは頷ける。
レバノンに限っていえば、レバノン国軍兵士の給料が民兵組織ヒズボラの戦闘員のそれより高くならない限り、ヒズボラの非武装化は夢のまた夢だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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