日本で書店がついに1万軒を下回ったと報じられています。2025年末で9993軒。1998年は24000軒でしたので6割減、24年比で424軒減少ですから年間減少幅は4%にも達しています。書店業の苦境は日本だけではなく世界で共通している問題ですが、日本人は世界の中でも本をよく読む人種でありましたのでその良さが失われていくのは残念な気持ちがあります。書店業を営む私が言うのもなんですが、たぶん、このトレンドを覆すのはウルトラCが必要です。書店数の減少だけが話題になりますが、書店販売部数、書籍総売上、出版社数、新刊数などの指数すべてで悪化が止まりません。(出版社数はインディーズ系⦅一人出版社とされるもの⦆が数では増えているのですがいわゆる個店系なので統計へのインパクトは少ないので除外します。)

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10数年前、知人が書籍を出したのですが、いわゆるオンラインのみの販売。そしてその購読額を破格の金額にしたのです。今考えればどうしてそうしたのかよくわからないのですが、結局オンラインで書籍もどきを読ませていたのではないかと思いますが、100円に満たない金額だった記憶があります。
買われない本の対策として駅のキオスクやコンビニでは売れ筋だけの書籍を少量数だけ置くというのもあり、絶対確実に売りきり、売れ残りリスクを取らないビジネス形態をとったところもあります。
書店経営は大きな店舗を構え、欠品を少なくするノウハウが必要です。そのため、既に大手書店間ではお互いに書籍を融通しあう取り組みもあります。〇〇の下巻が欲しかったのにとか、〇〇の13巻売り切れ、と言われれば「せっかく来たのに…」であります。それを最小限に食い止める工夫は重要です。
ただ、大所高所から見ると書籍を読む行為は「時間のかかるエンタメ」の類であり、数多くの趣味の一つでしかありません。私は商売柄まだ乱読、つまりあまりジャンルにこだわらずいろいろなものを読みますが、これは特例だと思います。一般的な方は話題になった本を手に取ってそれを1-2か月ぐらいかけて読むのではないかと思います。「面白くて一気読みしたら夜が明けていた」という本の帯にあるようなキャッチは昭和の幻想であります。
本は読み癖をつけないと読めないものです。1年ぶりに本を読もうか、と思っても3ページ読んだらもう駄目、というケースがかなり多いと思います。ではお前は海外でどうやって書籍ビジネスをしているのか、と言われれば大学や学校向け教科書卸や図書館卸といったBtoBが主体で小売りはほぼ期待していません。いわゆる小説やノンフィクションも店舗を含め、ほとんど在庫はありません。欲しければ客注、つまり注文ベースになります。一方、アニメ系については在庫を抱えるビジネスをしています。つまりBtoCはアニメオンリーと断言してもよいと思います。
アニメ系でもアートブックなど目で見て楽しむ書籍か付録付き雑誌が主体ですが、バンクーバーのように本物のアジアテイストが理解されるところでは引き合いは強いのですが、白人主体のカルガリーでは情報のレベルとオタク度が程遠く低いし、トロントも北米化したアジア人マーケットなのでバンクーバーのアジア度とはまるで違います。つまり私どもがやっているビジネスでもかなりギリギリ、瀬戸際で唯一の販売会社として生き残りをかけるという感じなのであります。
小さい時から読書をずっとしてきた私の最近読む書籍は割と古いものが多いのです。司馬遼太郎が好きだという話はしましたが、それ以外でも10数年前に出たような本で確実に面白く評価が高い書籍が7割を占めると思います。ノンフィクション系はつまらなくなったと思います。かつて読んでいた経済評論家とか外交評論家の書籍は時間軸的に3か月ぐらいしか賞味期限がなく「読む価値ナシ」になってしまいました。つまり何年たっても陳腐化しない書籍を多く読んでいると申し上げます。
とすれば世に出版される年間65000冊もの新規出版物のうち99.9%は執筆者の記録と自己満足にしかならない世界といっても極論ではないのです。書籍を読まなくてもノンフィクション系の事実はAIに聞けば全部教えてくれます。それこそノウハウ系のユーチューバーもいらなくなる時代になるはずです。よって大学の先生が研究の一環で成果品として出版する形だけが残るのかもしれません。
フィクションについては読者の市場がどんどん狭くなる中でよい作品を書ける作家がどれだけ生き残れるか次第だと思います。東野圭吾氏や今野敏氏がエンタメ系で多作で書店を盛り上げるリーダーでありますが、骨がある平野啓一郎氏のような作品をどれだけ多くの人が手にとれるか次第だと思います。書籍はありすぎるのもどうかと思うし、読んで酷い作品なら本も読まなくなると思います。ならば厳選してよい作品だけを扱うぐらいの構造改革も必要ではないかと思います。つまり業界そのものが大変革を起こさない限り本を読む文化のウルトラCは起こりえないということです。電子書籍も紙の書籍もその点において大差がないと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年6月12日の記事より転載させていただきました。






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