この歳になり、ふと思うことがあります。勤め人でなくてよかったと。理由はお勤めの方の場合、会社の規定により一定年齢で必ず区切りがあり、ピークを過ぎると下向きになる仕組みがあるからです。給与は多くの会社で50歳前後がピークでそこからじわじわと下がります。役職も外れる人が増え、子会社、関連会社に行くのが当たり前の会社もあります。要は少しずつ、ポジションが主流から亜流になり、肩を叩かれていなくても自分のメンタルに響くような、そして抵抗できない壁が存在するのです。

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65歳になれば定年でその後、嘱託とか一年ごとの契約社員でつなぎ、70歳になればいよいよ20代前半からお世話になった会社ともお別れし、老後人生に入ります。「俺はまだ元気だ!」という方は週に2-3回、アルバイトをして月数万円の小遣いを稼ぎ、生活費の年金とは別枠で旨いものを食べたり、旅行に行ったり、ゴルフしたり…という具合ながらも少しずつ細い生活になります。かつては銀座、赤坂あたりで当たり前のようにして飲んでいた人たちも自宅近くの赤ちょうちんのカウンターで爺同士がつぶやくように会話をしながら永遠に続く時間を過ごします。
人間は何時まで活躍できるか、といえば私は死ぬ日までだと思っています。ただ、社会の仕組みの壁や自分自身のモチベーションが下がってくるのでそれに抗うのがだんだん難しくなる、これが現実なのです。おまけにあっちが痛い、こっちが痛いという物理的な負担が生まれてくる人もいます。
ではお前はなぜ勤め人ではなくてよかったと思うのか、といわれると自由だからです。人生設計を自分の好きに決められるのです。何歳でリタイアするかは私が決めることです。確かに私は休みが少ないです。休みの日も常に何か行事予定があり、それに振り回されるので今日は休みだから寝坊できるといったことはほとんどありません。常に5時50分に起き、会社に行く8時半までにメールチェックからニュースを確認、ブログを書きながらNY市場の開始を確認します。週末は朝6時過ぎからフィットネスで40分ほど走り込みます。今の時期は自転車に乗りに行くことも多いですね。それらは日課としてこなしているので残りの時間はその時の日程次第。何もなければ本を読み続けます。
活躍できる期間はなるべく長くしたい、そう考えています。ただし、先週お話ししたようにリタイアの準備を同時並行で行うことも大事です。なぜなら自分が常に前線にいると邪魔者になり、会社に新陳代謝が起きないからです。ですのでいかに後進に上手に道を譲るか、そのプランと準備も併せ持つことで将来の備えとするわけです。
また活躍するステージを変えたいというのもあります。例えば私はビジネスから学究にシフトしたいと思っています。死ぬまでチャレンジャーでありたいわけです。「おまえ、リゲイン飲みすぎだろう」(死語ですみません。)と言われそうですが、それは誰と付き合うかがポイントなのだと思います。以前、私は若い人に奢るから一緒に飲んでもらう、という話をしました。爺が赤ちょうちんでカウンターで背中を丸めてぼそぼそしゃべるより「ひろさん、そんなのも知らないんですか?」と言われてハッとする方がめちゃ楽しいのです。今、日本からお客さんが来ており、小学校5年生と6年生の子がいるのですが、一緒に話しながら今の小学生の考え方や発想、実態を知るのは実に刺激的なのであります。
日経Goodyに「私たちは近いうちに老いなくなる? 生命科学者・吉森保氏に聞く」という長い記事があります。科学者の話ですから当然、細胞の更新といった観点の切り口であります。基本的には人間はもっと長生きできるようになるというわけです。
物理的な限界が120歳程度とされる人間の一生ですが、「そんなに長生きしたくない」という方が割と多いのも事実です。私が今まで話した多くの方でそのように考える方の多くは「意識の置き方」なのだと思います。毎日定常的な生活をする中で徐々に老いてきて様々なことが「おっくう」になれば「そんな大変な思いをしてまで…」になります。
私は美容整形の大物、高須克弥先生ががんとの闘病ながらも日々頑張っている姿、あるいは元外交官で作家の佐藤優氏ががんとの闘病で打ち勝ってきた姿を見ると生きる、活躍するという意識の強さこそ、その人が光り輝くのだなと感じるのです。
活躍できるか、死ぬ最後の日まで光り輝けるかはあとはその人のメンタルが大きく作用すると思うのです。不老の時代かもしれません。しかし、薬や医学の進歩で物理的に生かされていてもそれはつまらないのです。意識をもって生きるという実感を持つことが大切だと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年7月5日の記事より転載させていただきました。







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