沖縄県議会で、名護市辺野古沖の転覆事故を調査する特別委員会が設置される公算が大きくなった。
野党会派の自民・無所属が、6月定例会最終日の13日に設置を提案する。これまで態度を決めかねていた公明党も賛成する方向で調整しており、自公が足並みをそろえれば賛成多数で可決される見通しだ。
最高じゃねーか!!!!!!!!
辺野古事故 特別委設置へ 沖縄県議会 https://t.co/uaoXUGM8tG
— 東郷ゆう子の旦那 (@togootto) July 12, 2026
【参照リンク】辺野古沖転覆事故で特別委設置へ 公明が賛成方針へ転換 沖縄県議会で可決の公算大 沖縄タイムス
「政争」を理由に退席を検討
公明党は当初、9月13日の知事選を前に、事故を「(知事選を前に)政争の具にすべきではない」として、採決を退席する意向を示唆していた。
たしかに、死亡事故を選挙に利用することは望ましくない。しかし、「政争になる」という理由で議会が調査を避けるなら、行政にとってこれほど都合のよい話はない。
選挙が近づけば調査を見送り、選挙が終われば世間の関心が薄れるのを待つ。そんなことが許されれば、議会による行政監視は有名無実になる。
公明党が賛成へ傾いたのは、遅ればせながら当然の判断だろう。

沖縄県議会HPより
問われる玉城県政の説明責任
この問題で県議会が明らかにすべきなのは、辺野古移設の是非ではない。
事故に至るまでの安全管理は適切だったのか。県や関係機関は現場の実態を把握していたのか。危険な運航や乗降が常態化していなかったのか。行政として防げる事故ではなかったのか。
こうした点を検証するのは、県議会の当然の責務である。
ところが玉城県政を支える側は、事故調査を求める動きが出るたびに「基地問題の政治利用だ」「知事選を意識した政争だ」と反発してきた。
だが、「政争」という言葉は、説明責任から逃れるための免罪符ではない。県政に落ち度がないというなら、むしろ特別委員会で資料を示し、堂々と説明すればよい。
辺野古反対運動は聖域なのか
沖縄では、辺野古をめぐる活動が長年にわたり政治的な聖域のように扱われてきた。
反対運動に関わるものであれば、安全上の問題や法令上の疑問を指摘することさえ「基地容認」「政権寄り」と批判されかねない。だが、政治的な大義があれば、安全管理が甘くてもよいという理屈にはならない。
むしろ、県が辺野古反対を県政の最重要課題に掲げてきたからこそ、その周辺で行われていた活動にどこまで目を配っていたのかが厳しく問われる。
事故が起きた途端に「県とは関係がない」「捜査中だから答えられない」「政争にすべきではない」と距離を置くのでは、政治的主張だけを利用し、責任は負わないと言っているに等しい。
特別委をパフォーマンスで終わらせるな
特別委員会が設置されれば、自民側が玉城知事を追及し、与党側が反発するという、お決まりの光景になる可能性もある。
だが、必要なのは政治的な怒鳴り合いではない。関係者の証言、運航実態、行政の認識、監督体制を具体的に検証し、再発防止策を示すことだ。
玉城県政にとって不都合な事実が出てくるとしても、県民の安全より知事選への影響を優先してはならない。
「政争にするな」と叫ぶだけでは、2人が亡くなった事故への答えにはならない。調査を拒むことこそが、最も政治的な判断ではないのか。
玉城デニー知事が説明責任を果たせるか。特別委員会は、辺野古問題だけでなく、玉城県政の統治能力そのものを問う場となる。







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